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やさしい犬の行動学

(注)この原稿を書いたのは今から10年以上も前のことです。その後も獣医学や行動治療はどんどん進んでいて、現在ではこの内容には古いものがあるかもしれませんが、基本的なところは間違っていないと思います。
長文ですので、お時間のある時にでもお読みいただくと幸いです。(Oct. 2009)

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1.はじめに

動物の行動学あるいは行動治療学の分野も近年非常に進歩してきました。とくに犬についてはいろいろな角度から研究も進み問題行動に対する治療の方法も充実してきています。ただ教科書に書いてあるとおりのことができれば誰も苦労はしないわけで例えば下記のような治療方法はどう思われるでしょうか?

問 「郵便屋さんが来ると異常に吠え続けるので困っています。どうすれば治るでしょうか」

答 「郵便屋さんが敵ではないことを教えましょう。いつも来る郵便屋さんに頼んで泣きやむまでそこにいてもらいます。泣きやんだら褒美を与えます。毎日続けていると郵便屋さんがけっして自分に危害を与える存在でないことを覚えます」

どうですか? 「そんなことやれるはずないやんか」 と思われるのがあたりまえです。私もそう思います。そんな暇な人は日本にはいません。日本のお父さんは忙しいのです。ましてやその郵便屋さんが犬好きとはかぎりません。
「ちょっと悪いけど、この子泣かんようにしたいんやけど5分か10分そこに立っといてくれへん」なんて、言えるはずがありません。それではどうすればいいのでしょうか。安直に鎮静剤でおとなしくする?それも感心しません。また薬による問題行動の治療も確かに進んでは来ましたが動物によってはそうそう簡単にいくものではありません。まさか毎日毎日薬を飲ませていつもぼーっとしている姿は健康とは言えないでしょう。
でも近所からの苦情で自分達がノイローゼになりそうだとか、仲が良かった人と犬猿の仲になってしまっただとか、そのことで夫婦喧嘩になり離婚問題にまで発展したとか(そんな極端なことはまぁないでしょうが……)飼い主さんが不幸になってしまうことは絶対に避けなければなりませんから、どうしてもの時はやはり薬に頼ることは仕方がないと思います。
さて、どうするか。 人間だっていろんな人がいて、その問題行動を治すことは簡単ではないことはみんな知っています。犬だって同じです。やはり、現実ばなれした治療方法は別としてできそうなことから一つひとつやっていくしかないかな。わかりやすくてやれそうなことを考えてみましょう。

2.体罰について

体罰が唯一有効なのは向こうから攻撃してきた時でしょうか。それ以外は体罰はむしろ逆効果です。叱らないで 無視をした方が効果的です。また飼い主さんが叱っているつもりでも遊んでもらっていると感じる場合もあります。無視をするというのは語 弊がありますので言い換えれば「淡々として過度に注目をしない」ということでしょうか。勿論よく観察はしておく必要があります。

何か悪いことをした時にまず、無視をする。その場から離れ、その子を一人にしておく。その後ころあいを見計らって何か命令をします(「おすわり」でも なんでもよい)。それに従ったときにはおおげさなくらい褒めて下さい。。。ほうびというのはけして食べ物を与えることではありません。犬は食事をくれる人よりも散歩に連れていってくれる人になつくといいます。
でも褒める時におやつを上手に使うのは効果的です。

3.出かける時はしつこい別れ方はしない

私は長年、武道を稽古している関係から今まで何人もの外国人の方と知合いになりましたが、彼らと比べて日本人というのは別れ方が下手ですね。何度も何度もおじぎをして、もう終わったかなと思ったら5メートルほど進んでまた振り返りおじぎ……。
アメリカ人などはあっさりしたものです。「Bye」といえばもうきびすを返すから私も慣れるまではなんだか物足りない冷たい感じがしたものです。勿論日本人はそこがいいところなんですが、これが愛犬との別れとなると問題が生じます。ここでいう別れというのは勿論永遠の別れではなくて、ちょっと買い物に出かけるとか、朝仕事に出かけるといった場合です。

これはもう絶対にしつこくしないであっさりと別れた方がいい。余計に可愛がってから出かけるのは逆効果です。そうすると犬にとってはものすごくそれがおおごとであると思うわけですね。
ですから飼い主さんのいない間ストレスのかたまりになって、吠え続けるとかということになってしまうのです(分離不安といいます)帰宅した時もいきな りベタベタかわいがるのはだめです。犬は人間に置き換えるとだいたい3歳児ぐらいの精神状態だと言われます。3歳の状態が15年も続くのですからそれはそれはかわいいですよね。

半日別れていただけで3年ほど離れていたかのようにちぎれんばかりにしっぽを振って飛びついてくる姿は本当にいとおしくてかわいいものです。でもそこでその子に合わせてオーバーに振る舞わないで、その時はあっさりとした態度をとって下さい。むしろ無視したようにして、愛犬の興奮がおさまった時におすわりなど何か命令をして、それにしたがったらはじめて触れたり抱き上げてあげたりして下さい。それからかわいがってやる。これですね。ようするにけじめをつけるということです。これならできそうです。

一緒になって興奮して「わぁー。○○ちゃーん。寂しかったでしょー。そうでちゅか。そうでちゅか。かわいちょーに。好きなジャーキーあげまちゅからね」これは最悪です。(すでにこんな方、ごめんなさい)
かく言う私も本心は皆さんと変わりません。もっとひどいかもしれません。表には出しませんが(笑)
なにせ人一倍動物が好きで獣医師にまでなったくらいですから。でもこういう簡単なことならできそうです。簡単だけど実は非常に大事なことだと思います。
何をする時もまず簡単な命令をして従ったらそれからはおもいきりかわいがる。そのけじめをつけることが非常に重要です。

4.飼い主さんに赤ちゃんができた、あるいはお孫さんが誕生した場合

新しく家族に赤ちゃん(人間の、です)が加わった場合、皆さんはどういう対処をするでしょうか。
よくあるまちがいは次のような場合です。

  • ・赤ちゃんがわるさをされるとたいへんだからと赤ちゃんのいる部屋では犬をじゃまもの扱いする。「しっ、しっ。あっちへいきなさい。」
  • ・ところが赤ちゃんがいないところでは愛犬をおもいきりかわいがる。

どうですか?じゃまもの扱いとまでもいかなくてもやはり赤ちゃんを第一に考えるでしょう。
勿論それがあたりまえです。ところがここでよく考えてみると愛犬からすれば、「あの小さい子がいる時はのけものにされてる。あの子がいなかったらかわいがってもらえる。あの子さえいなかったら。そ うや。あの子は僕の敵や」と思って当然だと思いませんか?
これはまったく逆のことをしていると気づかれたと思います。

犬は自分を家族の一員として考えています。家族という群れの中でリーダーは誰か、自分はどの地位にいるのか。人と暮らす犬はけっして自分がリーダーになりたいと思っているわけではありません。むしろ飼い主さんに頼りになる強いリーダーでいてほしいと願っているはずです。ですが、地位の上下関係は守らなくてはなりません。
新しく家族に加わった赤ちゃんはあきらかに自分よりは下の地位であるはずなのに、その赤ちゃんのために自分がないがしろにされるとこれはもうおもしろくなくてあたりまえです。
家族として群れとして平和に暮らすための正解は上記とはまったく逆で、赤ちゃんがいる時には愛犬をまずかわいがる。赤ちゃんがいない時には猫かわいがりはせずむしろ淡々と無視するぐらいに接する。
そうすれば犬はむしろ赤ちゃんを自分にとって好ましい存在と認めるでしょう。

5.愛犬がいる家庭で新しく子犬がやってきた場合

これも人間の赤ちゃんと同じです。強いものは強いものとして認めるのが原則です。ついついかわいいからと子犬の方を先にかわいがったり子犬の方から先に食事を与えたりしてはいけません。
人間の子供もそうだと思います。例えば男の子(人間の、です。あゝややこしい)二人兄弟がいたとします。お兄ちゃんは小学3年生。学年でもトップクラスの体格でごはんもよく食べます。弟の方は小学 1年生。お兄ちゃんより頭はええけど、偏食しがちでからだもやせています。 ふだんは仲のいい兄弟ですがやはり男の子ですからけんかもよくします。当然お兄ちゃんにはかないません。

さて、ある日二人が大喧嘩しだしました。あわてて止めに入って事情を聞くと弟の方が勝手にお兄ちゃんの大事なウルトラマンをさわっているうちにあやまって落っことしてしまい、おまけに踏んづけてしまったためにウルトラマンの顔がぐっちゃとつぶれてしまったとのことです(こんなシチュエーションはどうでもいいのだが(笑))

当然兄の熊太郎君(だれやねん)は烈火のごとく怒って弟を投げ飛ばし殴りました。そこへお母ちゃんの……(名前はええか)が現われ、「何してるのー。え。おもちゃ壊されたぁ?あんたお兄ちゃなんやから我慢しなさいっ」と弟を抱きしめ「よしよし。もう泣きやんで。大丈夫?ほっぺた腫れてるのちゃうん。熊太郎っ。あやまりなさいっ」

これはまったくの逆です。これでは弟は後ろ楯がいる時はいいですがお兄ちゃんと二人で留守番する時などは悲惨です。誰もいなかったらいじめられるかもしれません。お兄ちゃんにしてみたら「悪いのは弟やのに、なんで2つ年上というだけで我慢せえなあかんねん」と思うと思います。
話が脱線しましたが、強い者は強い者として扱わなくてはいけません。勿論明らかにお兄ちゃんが悪い場合はお兄ちゃんをかばってはいけません。

動物は無駄な喧嘩はしません。新しい子犬が成長しやがて古くからの犬より強くなり立場が逆転することもあるでしょう。そうすれば今度は強い子の方をまずたててやらないといけません。たとえご自分が下の地位の子の方が好みでかわいかったとしても形だけはそうした方がうまくいくのでしょう。

ある会社の社長さんが、自分の部下を連れて取引先に挨拶に行きました。訪問を受けた会社では応接室に二人を通し、お茶を出します。
その時に平社員である部下の方にいい席を与え、お茶も部下の方から出したらよくないですよね。社長も困るし部下の人にとっても困るわけです。
犬の場合もこれと同じで、やはり地位を認めてやるというのが大事です。

6.郵便屋さんに吠える

さて最初の郵便屋さんの話にもどしましょう。 これは人に対する恐れという場合です。
こういう場合は「脱感作」と「反対条件づけ」が治療の基本とされます。 「脱感作」というのは簡単に言うとだんだんその刺激を強くしていって 慣らしていくということですね。 ずっと向こうに郵便屋さんが見えていても恐がらないが その距離がだんだん近づいてくると恐がって吠えるということですから 郵便屋さんとの距離を徐々に縮めていって慣らしていくということ が必要となります。

でも大抵の郵便屋さんは50ccのカブをその洗練された運転テクニックを駆使してすごい速さでやってきますね。キキーッと止まった瞬間もうスタンドを立てています。これでは脱感作にはなりません。 ましてや今日は50mまでしか近づかないでくれ、明日は30m、明後日は20mというふうに だんだん犬に近づく距離を縮めていってちょうだいなんて頼めるはずはありませんね。
ですから愛犬の方を最初は裏口の郵便屋さんが来てもわからないような場所につないでおく。それに慣れてきたらちょっとずつ玄関に近づけていくというようにするしかない でしょう。
「反対条件づけ」というのは、愛犬にとってそれは恐い人ではなくてその反対のやさしい人なんだと思わせるようにするということです。つまり郵便屋さんが来た時には自分にとっていいことがあるんだと思わせるようにする。 郵便屋さんが来た時にご主人が遊んでくれるとか、おやつをくれるとかです。
郵便屋さん自身がおやつをくれたら一番いいかもしれません。 郵便屋さんが来る時間はだいたい決まっていますからその時間には飼い主さんは家にいるようにしなければなりませんが、これもできる方とできない方がいますからね。

7.おやつの話

おやつといえばなんといっても「ジャーキー」ですね。いろいろなメーカーから出ています。よく食べますね、これは。ジャーキーが嫌いで食べないという犬は見たことがありません。ただしこの「ジャーキー」は主食にはなりません。あくまでもおやつですから主食を食べないほど与えてはいけません。

勿論少し食べたくらいで体に影響が出るというような毒物が入っているわけではありませんが毎日毎日大量に食べていればいつかは影響が出てくる心配があります。毎日の診察のなかで私は「ジャーキーというのは人間の子供が喜んで 食べる駄菓子と一緒ですよ」と説明しています。自分の子供さんがこれを主食にしていたらどうでしょう。体によくないやろなぁと誰しも思いますね?

絶対やるななんて野暮なことは言いません。そういえば私も子供のころ好きだった(今でも好きだという話もありますが……)もう何十年も前ですからどんな成分だったのかわかったものではありませんが、いろいろな駄菓子がありました。どれもおいしかったなぁ(まだ戦後をひきずっている……)
でもよく母親に言われました。「そんなんばっかり食べたらあかんで」と。ジャーキーは絶対主食にはしないで下さい。できればやめたほうがいい。でもどうしてもやりたいとおっしゃるのなら上記のように「しつけ」の時に上手に使ったらどうでしょうか。なるべく少量にして。与える量の話ですが飼い主さんが少量だと思っていても実は愛犬にとっては多すぎるということもよくあります。

私が飼い主さんにわかりやすく説明するのは「この子の体重は3kgでしょう。私の体重はおよそ70kgです。胃の大きさは単純に比例しないけど、この子がこのジャーキーを一回に3本も食べれば私が同じ大きさのイカのくんせい(たとえば、です)を70本食べるのと一緒なんですよ」というようにお話します。

ちなみにおやつも信頼できるメーカーからいろいろなタイプがでています。動物病院でお求め下さい。

まとめです

躾あるいは行動療法の基本は下記のようになると思います。

  • 1. 悪いことをした時は無視をする。(けっして叱らない)
  • 2. いいことをした時は体に触れながら思いきりほめる。
  • 3. 何か行動を起こさせる場合、まず「おすわり」などの簡単な命令を出す。
    それに従ったらほめてやり、それからはじめて行動にうつるようにする。

上記のたった3 つの項目が毅然とできるだけで、あなたとあなたの愛犬の関係が今までよりずっとよくなることは明らかです。
難しいことはプロに任せて、とりあえずここから始めてみましょう。


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