和歌山地方気象台によれば,台風12号の北上に伴って紀伊半島の南東側斜面には長時間にわたって降雨帯が形成されて,8月30日~9月4日までの総雨量が1000ミリ以上に達する記録的な大雨が降った.紀伊半島南部(奈良県,和歌山県,三重県)を中心に斜面崩壊,地すべりダム,河川の破堤,氾濫など甚大な気象災害が発生した.和歌山県田辺市伏菟野,中辺路町滝尻,大塔村深谷,大塔村熊野川,本宮町三越川の大規模斜面崩壊について,2011年9月12日~19日に調査をおこなった.その概要は次の通りである.
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四万十付加体音無川帯の古屋谷スラストの破砕帯が流れ盤崩壊を起こしている.伏菟野地域では,古屋谷スラストは屈曲構造によって変形し,スラスト面が高角で南西側に傾斜する.一部でスラスト面が北東側に転倒している.古屋谷スラストは数十mの断層破砕帯を伴う.スラストの下盤は音無川層群羽六層上部の厚い砂岩・礫岩層からなり,上盤は瓜谷層の暗緑色泥岩層及び羽六層下部の泥岩優勢砂岩泥岩互層からなる.主にスラスト上盤が崩壊している.
崩土はローブ状崩壊堆積物と移動土塊から成る.ローブ状崩壊堆積物には規模の大きなローブが少なくとも6つ認められる.ローブ状崩壊堆積物は岩屑なだれ様で,土石流化はしていない.ローブは崩壊部の瓜谷層,羽六層の岩相に対応する崩壊堆積物からなる.崩土滑落斜面の下部に回転を伴う移動土塊がある.
牟婁層群の厚層砂岩・礫岩層が崩壊している.崩壊部は低角の砂岩・礫岩層でほぼ流れ盤をなしている.源頭部に大きな移動土塊が認められる.
富田川本流には少なくとも7回の土石流が達している.門谷の谷中には土石流堆積物がみられる.富田川本流に地すべりダム(堰止め湖)が形成されている.大部分が決壊しているが,滝尻王子付近まで富田川の水位上昇が認められる.
牟婁帯の打越背斜軸部の南翼にあたり,打越層の泥岩層・泥岩優勢砂岩泥岩質互層が崩壊している.頂部緩斜面の遷急点付近で崩壊が発生している.谷の両岸には厚い崩積土があり,過去にも大規模崩壊があったことが推定される.
崩壊部直下の谷中にはローブ状の崩壊堆積物が少なくとも6つ認められる.崩土は深谷本谷との合流点付近から土石流化したと考えられる.土石流は深谷集落を越えて約1km流下している.
牟婁帯合川複向斜の八丁坂向斜北翼にあたり,牟婁層群打越層の厚い砂岩層と,この上位に累重する合川層の泥岩が流れ盤崩壊を起こしている.
崩土は大量の崩壊堆積物及び移動土塊からなり,土石流が百間谷付近まで達している.これらが熊野川を堰き止めて地すべりダムが形成されている.崩壊源頭部の上部の斜面には尾根近くまで多数のクラックが発達する.
音無川帯張安スラストの破砕帯及び音無川層群羽六層下部の泥岩優勢砂岩泥岩互層が崩壊している.(はてなし団体研究グループ,1980).崩土が三越川を堰止め,地すべりダムが形成されている.地すべりダムの堤体が決壊することなく,地すべりダムから「環流地形の旧河道」を溢流・侵食して新たな河道がつくられた.その結果,新たな環流地形が形成されている.崩土はローブ状の崩壊堆積物を形成しているが,土石流は発生していない.
これらの大規模崩壊は降雨の直接的要因に加えて,山地斜面の地形的要因と,四万十付加体の地層の傾斜(流れ盤),スラスト,褶曲構造などの地質的要因が密接な関係している.多くは表層の崩積土と風化帯が崩壊した表層崩壊である.
斜面崩壊にともなって崩土滑落斜面が形成されるとともに,崩土が下流に運動してローブ状の崩壊堆積物や土石流堆積物が堆積している.移動土塊が形成される場合がある.
崩土が河道を閉塞して地すべりダムを形成することがある.
今回調査した各崩壊地には大量のローブ状崩壊堆積物が堆積している.このうち滝尻,深谷,熊野川では崩土が土石流化している.伏菟野,滝尻,熊野川及び三越川(奥番)では崩土滑落斜面に大規模な移動土塊がみられる.滝尻,熊野川及び三越川(奥番)では地すべりダムが形成されているが,滝尻及び三越川では一部が決壊している.