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鹿島

鹿島はみなべ町の沖合いに浮かび、古代から神の島として崇められてきました。
また、角度によって鹿島とみなべの町が並んだ三つ鍋の様に見えるという事から、文字は異なりますが町名の由来となったとも伝えられ、町のシンボル的存在となっています。

周囲約1.5キロ、面積約2.5ヘクタールで、急な崖や岩礁に囲まれ、島内には珍しい亜熱帯植物が繁る鹿島は、かつては観光等で栄えましたが、度重なる暴風雨の影響で現在は無人島となっております。
自然の歴史を知る事が出来る大変貴重な森林として、その姿を絶やさぬ様、地元の住民の手によって植え込みなどが行われ、現在も大切にされています。

古くから伝わる鹿島信仰と鹿島神社

鹿島に鎮座する鹿島大明神は、奈良時代以前に常陸の国(茨城県)の鹿島神宮から勧請したと伝えられ、宝永と嘉永の大地震の津波からみなべのまちを救ったといわれ、島全体が信仰の対象とされてきました。

鹿島が文献上に最初に登場したのは万葉集の中で、大宝元年(701年)に持統上皇、文武天皇の一行が現在の白浜湯崎温泉に行幸を行われた折、13首の歌の中に「三名部の浦 潮な満ちそね 鹿島なる 釣する海女を 見て帰り来む(巻九の一七一六)」と記されました。

これを元に、その頃すでに島内には鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)の分社として創建され武甕槌神を祀る鹿島神社が鎮座していたと伝えらています。
鹿島の南島にあった鹿島神社は明治42年に天照皇大神(おいせさん)、須佐之男命(ごりょうさん)と合祀され、現在の場所に移動し、「かしまさん」と呼ばれ地元の方から親しまれてきました。

鹿島神社のお祭り

その昔、鹿島から光の玉が現れ、その光が大地震からくる津波の災害から村を救ったと伝えられています。これに感謝を捧げる為に宝永5年から始まったとされる鹿島神社奉納花火祭は、毎年8月1日に約1,200発の花火でみなべの夜空を彩ります。

そのほか、毎年10月の第三日曜日には秋祭りも行われています。(詳しくはこちら

アクセス

鹿島へは、南部漁港より渡船で渡る事ができます。
JR南部駅より車で約5分・南部漁港より渡船で10分


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