和歌山県 南紀・白浜温泉 紀州博物館
『歌麿と写楽』


喜多川歌麿

 活動期間1774〜1806年。版元蔦屋重三郎に帰属し、寛政三年(1791年)からかんこうした大首絵は美人画家歌麿の名を今にとどろかせる。鳥居清長以前の美人画において重要な要素であった姿態美を追求するだけではなく、そこに心理状態までも描出することに優れた。肌の質感、着物の質感を表現するなどの新しい試みも行っている。

針仕事 1790〜1801年 大判
 蔦屋重三郎版



栄松斎長喜

 歌麿と栄之が活躍した寛政期(1789〜1800年)にあって、両者とは異なる美人画を描いて異彩を放つ。やさしい面立ちの華奢な美人像を作り上げた。経歴については不詳であるが、大坂の遊女と芸者を上方独特の土地臭も強く描いたり、写楽風の役者絵を残すなど、興味深い絵師である。大半の作品は版元蔦屋重三郎と鶴屋喜右衛門の二者から出版されている。

口紅をぬる女 大判
 美人画 鶴屋喜右衛門版


東洲斎 写楽

 寛政六年(1794)五月から七年一月(1795)の僅か十ヶ月の間に144点の作品を残して姿を消した。その正体をめぐって様々な説がある。短期間ではあるが、作風と落款に変遷が見られ、4期に分類される。特に第1期の「大首絵」においては、誇張しながらも役者の芸質、役の本質まで鋭く捉えた芸術性が高く評価されている。

田辺文蔵 三代目市川八百蔵  蔦屋重三郎版



   





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