菌類研究法;1983,共立出版,青島清雄,椿啓介,三浦宏一朗より

第3部 採集・分離・培養各論
3.1 変形菌類
変形菌類とは、成長期にアメーバ型生活相を示す菌類である。ネコブカビ類は、植物や菌類の植物や菌類の絶対的内部寄生という特殊な生態、特異な生活環、他の変形菌類と明らかに異なる核分裂の様式などの点を考慮して、変形菌類から外される傾向にある。しかしながら、アメーバ型生活相を持つこと、他の菌類との系統関係が不明であることから、本項では変形菌類として扱う。ラビリンチュラ類は、最近の研究の結果、変形体状のものは多くの細胞の外部原形質が連絡したものであることがわかり、鞭毛の形態からも明らかに異質の群であると推定されているため、ここでは変形菌類から除いた。
各分類群ごとに研究法が異なるので、以下に(1)変形菌類(狭義)、(2)ジクチオステリウム類(追加注;通常の細胞性粘菌類)・プロトステリウム類・アクラシス類、(3)ネコブカビ類に分けて説明する。


3.1.1変形菌類(狭義)

胞子が発芽すると単核のアメーバ状か鞭毛をもつ遊走細胞を生じる。これらは細菌類を食べ、2分裂して増殖するが、配偶子としての機能も持つ。接合体は細胞質分裂を伴わない核分裂を繰り返し、無数の核を持つ大型アメーバ(変形体)に成長していく。適当な条件のもとで変形体は小さな塊に分かれ、核を中心に細胞質が分割されて胞子となる。この胞子形成の過程で源数分裂が行なわれる。巨大な原形質塊、周期的に往復する大規模な原形質流動、無数の核の同調的分裂は注目に値する。現在約60属450種が知られている。その3分の1ほどは世界各地に分布しているばかりでなく、きわめて普通に存在している。
培養はまだ試行錯誤の時代を脱していない。既知種の1割ほどが培養されているが、その培養法は種によっても研究者によっても異なる。約10種が変形体の無菌培養に成功している。しかし、もっともよく研究されているモジホコリカビ(Physarum polycephalum)においてさえ、全生活環の無菌培養は成功していない。

A.採集

1.子実体の採集
変形菌類の子実体は大きさ、形、色の違いが豊かである。多くは高さも幅も数ミリメートル以内である。高さが1cmを越える種は少ない。多数の子実体が集合して、あたかも1個体のように見えることがあり、その場合は幅が10cm以上になったりする。形は多数の胞子のつまった袋だけの形と、その袋に柄のついた形とに大きく分けることができる。色はほとんどすべての色がそろっている。白〜灰色、赤と黄の系統の色が多く、緑と青はまれである。虹色に輝いたり、金属光沢を放つ種もある。
子実体形成にはシーズンがあり、梅雨期の後半から梅雨明けの頃がもっとも良い。もちろん1年中見られる種、春から初夏に、あるいは秋によく子実体を形成する種もある。
子実体の採集は基本的にはキノコ採集と同じである。林内の倒木、切り株、落ち葉、落枝に注意して探す。しばしば腐朽木をおおっているコケや地衣、ウサギやシカの糞、栗のイガなどの上にも子実体を生じる。時には生木の樹皮、土や石の上にも見られる。子実体が群生していたり大型であれば歩きながら見つけることもできるが、ありそうな場所にとどまってなめるように探すのが基本である。1個体でも発見したときには、丹念にその周辺を探すとよい。
成熟した子実体では、子実体あるいは標本箱の大きさに合わせて、成育基質とともにナイフ(ノコギリ、ハサミなど)で切り取り、台紙上に木工用ボンドで貼りつけて標本箱に収める。採集物が湿っている場合は、採集当日中に十分に乾燥させてカビの発生を防ぐ。未熟な子実体では、基質ごとプラスチック容器に入れ、急激な乾燥をさけながら成熟を待つ。
胞子を生きたまま保存するためには、自然乾燥がもっとも安全である。乾燥標本は胞子が飛散しやすいので、なるべく振動を与えないように注意する。標本箱の片隅にパラジクロロベンゼン(PDB)の粉末か塊を置いて昆虫やダニの食害を防ぐが、PDBは胞子の発芽を悪くさせる可能性がある。

2.変形体の採集
子実体を採集していると、しばしば変形体に出あう。とくに腐朽木の樹皮を注意深くはがしたり、倒木の裏側をのぞいたり、積もった枯れ葉をひっくり返したりするとよく見つかる。あざやかな黄色や白色のものは目につきやすいが、淡色や地味な色のものは見落としがちであるので注意を要する。
採集物は基質とともにプラスチック容器に入れ、ふたをして持ち帰る。採集時には忘れずに変形体の色を記録しておく。実験室で子実体の形成と成熟を待つことになるが、必ずしもすべてが子実体形成に至るわけではない。子実体の成熟後は、すみやかに乾かしてカビの発生を抑える。子実体形成の開始から完熟までの期間は、損傷と急激な乾燥を絶対に避けなければならない。

3.湿室培養による採集
腐朽木の樹皮や草食動物の糞などを採集して実験室に持ち帰り、濾紙を敷いたシャーレに入れて滅菌水を注ぐ。翌日余分な水を捨てて20〜25℃に置き、3日後から定期的に実体顕微鏡(10〜20倍)で観察して、子実体が生じてくるのを探す。子実体はまばらに生じたり、小さくて地味なことが多い。生木の樹皮からはしばしば特異な種が採集される。この場合、生きた材が付着しているとカビが発生しやすいので、取り除いておくことが大切である。

B.分離・培養
約60種が胞子発芽から胞子形成までの培養に成功している。これらは餌としての細菌類や菌類も一緒に培養した2員培養か粗培養による。

1.2員培養
変形菌の2員培養とは、特定の細菌類(多くは大腸菌)の共存下で培養を行なう方法である。
1;1個あるいはいくつかの子実体を、10mlの滅菌蒸留水を入れた滅菌試験管に投入し、ガラス棒を用いて砕く。密栓後、強く振って胞子を分散させ、胞子懸濁液を作る。
2;1/2濃度のコーンミール寒天培地平板の周辺部1ヵ所に胞子懸濁液を滴下し、液が培地の中心をまっすぐ横切って流れるようにシャーレを傾ける。
3;シャーレは25℃で培養し、定期的に培地面を顕微鏡(100倍)で観察する。胞子懸濁液を流した線上で繁殖している細菌集団の外へ、アメーバ集団が這い出している所を探す。
4;火炎滅菌した柄つき針を用いて、アメーバ集団を(細菌類が混入しないように)寒天培地ごと切り取る。この時、同じ場所から6つの小片に分けて切り出す。
5;1つの小片は1/2濃度のコーンミール寒天培地平板に移植し、大腸菌懸濁液0.5mlを滴下して、アメーバの培養を継続する。
6;残りの5個の小片はそれぞれ次の5つの液体培地に接種し、アメーバ集団をのせた小片が細菌類に汚染されていなかったことを確認する。
ニュートリエント培地・AC培地・酵母エキス培地・チオグリコレート培地・ぶどう糖・ペプトン培地

これらの液体培地は25℃に保ち、定期的に細菌の増殖による濁りの有無を調べる。培養は30日間継続し、もし濁りを生じたならば上記の全過程をやり直す。全部の液体培地が透明なままであれば、1/2濃度のコーンミール寒天培地に移植した小片のほうも、天然に混在していた細菌類を一応ふりきることに成功したと考えてよい。
7;30日の試験期間中、1/2濃度のコーンミール寒天培地のほうでは、変形体が形成されるのを待つ。生じた変形体は、粉砕して乾熱滅したオートミールを与えて培養する。培養注は常に雑菌の混入に注意する。定期的に、培養中のアメーバを細菌とともに白金耳でかきとって、あるいは変形体の一部を切り取って、エオシン・メチレンブルー寒天培地で培養する。大腸菌以外の細菌を生じた時には、その培養を捨てる。もし子実体形成が起これば、その胞子からいつでも大腸菌だけを用いて新規に2員培養を開始することができる。
なお、大腸菌で培養できない場合は別種の細菌、たとえばAerobacter aerogenesやFlavobacterium sp.を用いてみるとよい。

2.粗培養
粗培養とは子実体や胞子などに付着していた天然の細菌類と一緒に培養する方法であり、そこでは共存する細菌類の種類や種類数は特定されていない。
1;1/2濃度のコーンミール寒天培地、あるいは樹皮煎汁寒天培地の平板に子実体を接種し、滅菌水5mlを注入する。
2;アメーバの大集団が生じたら遊離水を捨てる。細菌量が乏しいときは、大腸菌懸濁液を滴下する。
3;変形体が形成されたなら、粉砕して乾熱滅したオートミールを与え、20〜25℃で培養する。

【培養上の注意】
1;変形体の成長に光が阻害作用を及ぼすことがあるので、培養は暗所で行なうとよい。
2;一般に子実体形成に先立って飢餓期を必要とする。このため、変形体全体あるいは一部分を柄つき針で培地ごと切り取って素寒天培地に移植し、約1週間暗所に放置することは子実体形成に効果的である。
3;子実体形成に光を要求する種がある。直射日光は良くないが、蛍光燈の光でも充分である。
4;変形体の発生及び成長に、比較的過度の水分を要求する種がある。その場合は遊離水を残して培地面が乾かないように注意する。時には水を与える必要が生じるかもしれない。しかし、子実体形成の時に水分過多であると奇形化することが多い。

C.保存
培養株の保存法として、次の3通りが行なわれている。
1.胞子保存
成熟した子実体(胞子)を得て、自然乾燥して保存する。一般に3,4年を過ぎると発芽能力を失う。凍結乾燥による保存は、試験的な結果では自然乾燥より良好である。
2.変形体保存
変形体はオートミール寒天培地を用いて継代培養により保存できる。培養は10〜15℃の暗所で行ない、1ヵ月ごとに移植を繰り返す。保存法としてもっとも確実であるが、胞子形成能力が低下することが知られている。凍結乾燥あるいは液体窒素による保存についてはまだ充分な資料がないが、効果的なようである。
3.菌核保存
変形体を飢餓状態で暗所や低温に放置していると、菌核を形成する種がある。菌核は胞子と同様に耐久性があり、1年あるいはそれ以上の期間、乾燥保存ができる。必要に応じて培地に移せば変形体が得られる。


3.1.2 ジクチオステリウム類・プロトステリウム類・アクラシス類

これらの3群は系統的にはかなり離れた分類群と思われるが、取り扱い方法に共通したところが多いので、ここではジクチオステリウム類を中心に三者を並列して記述する。ただしアクラシス類では、標準的といえる方法はまだ確立されていない。
ジクチオステリウム類:胞子が発芽すると、単核で糸状仮足をもつアメーバを生じる。これは細菌類を餌とし、2分裂により増殖する。餌がなくなると、増殖した多数のアメーバは集合をはじめる。一部のアメーバは柄細胞に分化し、柄を作りながら残りのアメーバを持ち上げて、ついには柄上に粘質物に包まれた胞子塊を頂生する子実体となる。全生活環は単相。現在、4属約40種が知られている。
プロトステリウム類:胞子が発芽すると単核の糸状仮足をもつアメーバを生じ、細菌類や酵母を餌として二分裂により増殖する。鞭毛をもつ細胞を形成する種や、多核のアメーバに成長する種も知られている。子実体形成に際してアメーバは集合しない。単核アメーバからは1個、多核アメーバからは1〜数個の子実体を生じる。大きさはきわめて小さく、1,2,あるいは4個の胞子を非細胞性の柄に頂生する。現在、9属約20種が知られている。
アクラシス類:胞子が発芽すると単核の葉状仮足をもつアメーバを生じ、細菌類や酵母あるいはカビの胞子を餌として二分裂により増殖する。鞭毛をもつ細胞を形成する種も1種確認されている。子実体形成にあたっては多数のアメーバが集合し、塊状あるいは鎖状の胞子を柄に頂生した子実体となる。現在、5属約15種が知られている。

A.採集

いずれも子実体はきわめて小さいか軟弱であるため、変形菌類(狭義)のように野外で子実体を直接に採集することはほとんど不可能である。適当な試料を野外採集し、ポリ袋(200×300×0.05mm)に入れて研究室に持ち帰り、シャーレの中で子実体を形成させる。
ジクチオステリウム類:主な生息場所は土壌である。細菌類を餌としており、生息密度は細菌類と同様に腐葉・腐植層において最高で、それより下層では急速に減少する。したがって深さ5cm以内の土壌を採取するのがよい。樹種の多い森林の土壌ほど分離される種類が多く、1試料から5種以上が得られることもまれではない。草原や畑にも遍在しており、とくに畑や草花を植えている庭は土が肥えているため生息密度がきわめて高い。土壌以外の試料としては糞、植物体に付着したままの枯死部、腐朽木の樹皮などがよい。採集後すぐに分離作業ができない時には、試料は低温(5〜15℃)に保存しておく。ただし、1ヵ月以内に処理することが望ましい。試料の水分が多いと、早目に分離率が低下する。
プロトステリウム類:試料としては植物体に付着したままの枯死部、たとえば果皮、花弁、イネ科植物の花穂や葉、生木の樹皮などがよい。そのほか多肉質の果実や土壌からも分離できる。
アクラシス類:反すう動物、(ウシ、ヤギ、シカなど)、げっ歯類(ウサギ、ネズミ、リスなど)、ウマ、イヌ、サルの糞からよく分離される。立枯れしているイネ科植物の花穂や葉、生木の樹皮、土壌からも分離される。

B.分離

次の3通りの分離法が使われている。

1.希釈法
1;試料(土壌では、約5g)を50mlの滅菌水を入れたコルベン(300ml)の中で十分にかきまぜた後、2枚重ねにしたガーゼで濾過する。
2;濾液約0.5mlを、あらかじめ準備しておいた平板培地に大腸菌懸濁液0.5mlとともに滴下し、コンラジ棒で均一に広げる。平板は10日〜2週間前に作っておき、滴下水が1時間以内に吸収されて表面が乾くように準備しておく。大腸菌の代わりにAerobacter aerogenesを用いてもよい。
3;20〜25℃で培養し、3日後より2週間、定期的に実体顕微鏡(10〜20倍)で観察する。子実体が形成されていた時は、火炎滅菌した白金線か白金耳の先に胞子を取って素寒天平板に移植する。胞子は粘質物に包まれているため、白金線の先に容易に付着する。胞子を移植した所に、大腸菌懸濁液約0.2mlを滴下する。

2.直接法−1
変形菌類(狭義)の湿室培養による採集法に準じる。

3.直接法−2
試料(土壌以外)をシャーレかビーカーの中に入れ、約15〜20分間滅菌水に浸す。次いで、ピンセットと柄つき針で試料を小さく分割し、滅菌した吸取り紙にはさんで余分な水を除く。これを平板培地上に観察しやすいように並べて置き、20〜25℃で培養する。以下の操作は希釈法の場合に準じる。

ジクチオステリウム類:分離培地は干草煎汁寒天培地、または酵母エキス・乳糖寒天培地を用いる。この菌群には低温に適応している種が知られているので、冷温帯以北や高山で採集した試料から分離する場合には、15℃で培養して観察期間を3週間とすることも必要である。子実体は構造が単純で実体顕微鏡下では種の違いを識別することは難しいので、明らかに同種と判断できる場合を除いては、すべての子実体を分離するようにしたほうがよい。なお、子実体の外見はケカビ類や不完全菌のそれに似たところがあるが、菌糸体から生じていない点で明確に区別できる。

プロトステリウム類:分離培地は1/2濃度の干草煎汁寒天培地がよい。子実体はきわめて小さいが、密な集団を作るので見つけやすい。柄に頂生する胞子の数が少ないため、針の先につけるとすぐに乾いて生命力を失うことがある。針先に小寒天片をつけ、これに付着させて移植するとよい。種によっては離脱性あるいは射出性の胞子を形成するので、分離培地をさかさまにして、下に大腸菌懸濁液を塗布した培地を置くと分離しやすい。
アクラシス類:大腸菌では培養できない種や、培地上では増殖に成功していない種がある。胞子移植後、2,3日でアメーバの増殖が見られない時には、次のような手段をとってみるとよい。(1)餌として大腸菌以外の微生物を用いる。とくに、子実体の生じた試料から微生物を分離して餌にしてみる。今までに酵母、Phoma sp. Colletorichum sp. Flavobacterium sp. 藻類などが用いられたことがある。(2)1〜数個の子実体と試料の一部を10mlの滅菌水を入れた試験管中で十分に振って懸濁させ、約1mlを滅菌した糞に注いで培養する。

C.培養

培養は餌となるべき微生物(一般には大腸菌かAerobacter aerogenes)との二員培養による。平板培地に胞子と餌生物の懸濁液を0.5ml滴下し、コンラジ棒で均一に広げ、20〜25℃で培養する。早くて2日、遅くとも1週間以内に子実体形成が始まる。
なお、例外的に、ジクチオステリウム類の2種各1系統において無菌培養が成功している。
ジクチオステリウム類:培地は乳糖・ペプトン寒天培地、または粘菌用寒天培地(1/5濃度)を用いる。胞子形成は光条件に関係なく行なわれる。
プロトステリウム類:培地は1/2濃度の酵母エキス・乳糖寒天培地あるいは1/2濃度の干草煎汁寒天培地が良い。餌としてRhodotorula mucilaginosa, Flavobacterium sp.も使われている。胞子形成に光を必要とする種がある。
アクラシス類:培地は酵母エキス・乳糖寒天培地あるいは酵母エキス・トリプトン・ぶどう糖寒天培地が良い。餌としてKlebisella pneumoniae も使われている。Acrasis rosea ではコーンミール寒天培地を用いてRhodotorula mucilaginosa との二員培養が良い方法である。

D.保存

一般に継代培養保存法が用いられている。
ジクチオステリウム類:15℃で保存し、2ヵ月ごとに移植する。保存中は培地の乾燥とカビの混入に注意する。長期保存の場合は、凍結乾燥法がよい。
プロトステリウム類:15℃に保存し、1ヵ月ごとに移植する。培地ごと乾かし低温に保つと長く(約6ヵ月)さらに長期間の保存法は、まだ開発されていない。
アクラシス類:8℃に保存し、1ヵ月ごとに移植する。継代培養により子実体形成の能力が低下した場合、滅菌した糞に植えなおすと回復することがある。

3.1.3 ネコブカビ類(略)