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◆芦(あし)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「柏島」(昭和29.7)を使用したものである

所在:宿毛市沖の島町弘瀬(おきのしまちょうひろせ)
地形図:母島/柏島
アクセント:ア
形態:河口付近に家屋が少数集まる
標高:数m〜
訪問:2016年1月

 

 大字弘瀬の北東部にある。
 地元で伺った話では、もと数軒。戦後には既に無住となっており、離村は昭和初期ではないかとのこと。谷沿いには少々の水田があったが、これは島内でも唯一といえる稲作地であった。
海岸は「芦の浜(あしのはま」と呼ばれる。
 訪問は県道358号より。ヘリポート付近から現在でもよく踏まれた道が通じており、陸路での訪問も可能。谷の本筋に差し掛かる辺りから石垣で段々になった農地跡が見られるが、地図画像の下方にある建物は何であったか不明。道を下ると農地が途切れ、浜に近づくと再び農地が現れる。この付近で屋敷跡を1箇所確認。
 なお集落のある谷と県道が交叉する場所には「土予国境跡」の碑(写真8)が置かれており、往時はこの谷が土佐国と伊予国の境だったことが分かる(※)

※ 沖の島の開祖は、弘瀬が土佐国、母島(もしま)が伊予国に縁のある人物であっため、島内には両国の境界が置かれていた。集落の生産性が高まってからは国境争いが起こり長らく続いていたが、万治2(1659)年判決。当地の谷が国境と定められている(市史より)

 


写真1 農地跡


写真2 谷とアコウの木

写真3 谷(手前)と道(中央)と石垣

写真4 農地跡の石垣

写真5 屋敷跡の遺構

写真6 谷(手前)と道(右)と屋敷跡の石垣

写真7 浜。中央やや左は蒲葵(びろう)

(写真8 「土予国境跡」の碑と谷)

 

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