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◆下御所谷(しもごしょだに)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「櫻谷」(昭和26.9)を使用したものである

所在:那賀町平谷(ひらだに)字下御所谷
地形図:長安口貯水池/桜谷
形態:川沿いの斜面に家屋が集まる
離村の背景:多くがダム建設、のち施設の建設
標高:約230m
訪問:2008年9月

 

 那賀(なか)川と坂州木頭(さかしゅうきとう)川の合流部付近にある。古い地図では10軒弱の建物が見られる。
 町誌によると、もと那賀川を挟んで南岸に下御所谷、北岸に五味と花丸の3つの集落があり戸数は20であった。昭和30年長安口(ながやすぐち)ダムの建設に伴い五味と花丸は耕地とともに全戸が、下御所谷も大半の住宅と耕地が水没するため他町村や他集落へ転出し、わずかに残留したものも住宅を水没地点より上に建て替えて居住している。残留者5戸と転入者2戸の7戸(下内・森下・新居・高岡・下内・広瀬・横田。昭和55年1月時点)。姓は下内・下込が多かった。
 地元の方の話では、かつては6軒(ダム建設後)で現在は1軒(写真)。この場所が流木を処理する施設の建設予定地となり、多くの家々が退去となった。残りの1軒も、ユズの農繁期にのみ寝泊りするための家であり常住ではない。もともと下流の大戸(おおと)集落に焼却場があったが、ダイオキシン問題で焼却処分が禁止、代わりにチップ化する工場を建てることとなった。また下御所谷出身で、大字川俣(かわまた)に嫁いでいった方の話では、ダム建設前は17、8軒があったそう。氏神は旧木沢村に移転した。
 人家は新しくきれいだが、人の気配はなかった。家の前にはバス停と郵便ポストがある。また道を挟んだ向かいにも空家が見られた。

 


写真 人家

 

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