戻る 前へ 次へ 市町村選択ページへ 都道府県選択ページへ トップページへ

 

◆西ヶ谷(にしがたに)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「徳山」(昭和21.11)を使用したものである

所在:周南市川上(かわかみ)
地形図:須々万本郷/徳山
形態:合流部に家屋が集まる
標高:約80m?(水面は約100m)
訪問:2021年12月

 

 大字川上の南部、富田川と中野川との合流部付近にある。現在は川上ダムの人造湖(菊川(きくがわ)湖)に水没。
 現地は完全に水没しており、集落の痕跡は見られない。ただし現地を望む湖岸には小さな公園が造られ、一角には水没地から集められたと思われる石造物が置かれている。
 以下は慰霊碑の脇に立てられた看板より(碑文の謄写であるよう)。


富田川総合開発事業のため川上ダム築造す
この地は遠く平安朝末期(約七百年前)から徳地に通う交通路であった為に漸次村落の形成を創め藩政期に至りて川上村と称し萩藩福間舎人の給領地となるに及び家士中川三郎右エ門住して庄屋を置く
 この頃既に五十余戸集いて農耕に従事す 時代は移り今日に至り徳山市周辺の工業化に伴いダムとなる これが為耕地二十六町歩 山林二十町歩を湖底に沈め 五十一戸の住家移転す依って幾星 霜か(※)湖底に眠る万霊の為この提畔(※)に碑を建て謝す

※ 本文ママ


 なお「角川」の小字一覧には、川上所属の小字として「西ヶ谷(ニシガタニ)」が見られ、見出しの読みはこれに拠った。

 


写真1 ダム堰堤

写真2 集落跡付近を望む

写真3 慰霊碑

写真4 石造物群

 

戻る 前へ 次へ 市町村選択ページへ 都道府県選択ページへ トップページへ