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◆中野谷(なかのだに?)



※ この地図は、内務省地理調査所発行の1/50,000地形図「上布野」(昭和22.1)を使用したものである

在:三次市君田町櫃田(きみたちょうひつた)
地形図:
櫃田/上布野
異表記:中ノ谷(櫃田誌)

形態:谷沿いに家屋が集まる
標高:約550m
訪問:2013年5

 

 大字櫃田の北東部、神野瀬(かんのせ)川支流の中野谷川沿いにある
 「櫃田誌」によると、集落の大まかな歴史は以下のとおり。

 集落は踏鞴製鉄により興る(※1)。文政年間より明治37年まで、国内最大級の鍛冶屋が操業していた。最盛期63戸。明治13年42戸245人。原料の銑鉄は松ヶ瀬・岩敷・上野(※2)より集められ、錬鉄は陸運や河川の水運により広島市方面へ運ばれた。燃料となる炭は中野谷で供給。
 昭和3年大石3・光倉3・平川1の計7戸。および金屋子神社。昭和18年4月、火災により2戸を残し全焼。昭和40年最後の1戸が離村。

 探索二分坂(にぶんざか)谷との合流部より上流のみ。同書の略図に従い、2箇所の屋敷跡が特定できた。その他の2箇所も、それらしい平坦地になっている。鍛冶屋跡?も遺構は見られないが、広い平坦地。神社跡はよく分からず。

※1 本文中に「中ノ谷鍛冶屋が出来るまでは勿論、中ノ谷部落はなく…」との記述がある
※2 「松ヶ瀬」の場所は不明。岩敷は櫃田地内の岩敷集落付近と思われる。上野は高野町【現・庄原市】
下高暮の一部

 


写真1 屋敷跡

写真2 別の屋敷跡にて

写真3 屋敷跡?

写真4 道(右)と農地跡

写真5 鍛冶屋跡?

写真6 同。登り口

写真7 同

 

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