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真木山(まきさん)



※ この地図は、国土地理院発行の1/50,000地形図「周匝」(昭和37.11)を使用したものである

在:美作市真神(まがみ)
地形図:林野/周匝
アクセント:マサン
形態:山中に家屋が集まる
標高:約380m
訪問:2012年5月

 

 大字真神の東部、真木(まき)山の山頂近く、南の平坦地にある。仏教に深い関わりがあり、寺院・寺坊を中心に奈良時代から栄えた集落。寺院は唐の僧・鑑真が開基したとされる。
 現在は真神の神田にある真言宗
長福(ちょうふく)寺(山号真木山、院号般若院)は、かつてこの山中にあった。大正14年12月の火災による焼失が原因となり、昭和3年移転。また本堂そばにある山王宮は、集落の鎮守。御神体(山王権現・金刀比羅権現・淡嶋大明神・稲荷台明神)は昭和45年頃山頂より下ろされた三重塔(さんじゅうのとう)は昭和26年解体移築。
 当地には明徳年間(1390-1393)の頃には60の寺坊があったが、慶長(1596-1615)年間に40余、享保年間(1716-1735)には22に減少。明治5年の絵図に記載されている寺坊は以下のとおり(南側より)

番号 名称 居住者
1 南之坊  
2 尾崎坊 青山
3 蔦之坊  
4 中蔵坊  
5 西之坊  
6 竹中坊 青山
7 久保之坊 青山
8 北之坊 戸田
9 岡之坊  
10 谷之坊  
11 旦之坊 戸田
12 中之坊 藤本
13 大門坊  
14 奥之坊  

 また寺が移った後も、青山家など数軒が堂を守る傍ら農作業をして生活。戦後に開拓団が入植してタバコや野菜を栽培していたが、不便な生活環境のため戸数は漸減。最終的に高齢の女性1人が残るが、役場の説得により転出。無住となる。
 なお村落としての真木山は近世の英田郡真木山村。明治5年真神村の一部となる。「東作誌」によると22戸19人(※)(角川)。

※ 後述で「坊数22」「僧数29」とあり、19人は誤りか

 訪問は徒歩で長福寺付近より。この道のりは「中国自然歩道」の一部となっているが、路面は荒れておりやや歩きづらい。道中に何体もの石仏が置かれ、かつての集落への道のりを示してくれる(なお現在は林道が集落付近を通っており、こちらからのほうが訪れやすい)。
 集落に到達すると明るく開け、道沿いの農地の跡がそれとなく分かる。ただし建物跡の多くは竹藪や灌木に覆われているため、往時の痕跡を探るのは困難。集落中心の分岐にある案内図(写真7)が参考になりそうだが、やはり短時間で全容の把握はできなかった。そのような中で、墓地(写真9)と山王宮の拝殿(写真15)は現存。墓地には寺院関係の墓石が数多く並ぶ。

 


写真1 道中の石仏(石垣の上は何かの跡)

写真2 道と石仏

写真3 農地跡の石垣

写真4 屋敷跡にて

写真5 屋敷跡

写真6 屋敷跡

写真7 案内板

写真8 石仏・石塔

写真9 墓地

写真10 参道。写真左は田の跡

写真11 弁財天堂跡。堀に囲まれる

写真12 参道の石段

写真13 石段途中の石仏

写真14 本堂跡

写真15 山王宮

(写真16 現在の長福寺)

(写真17 現在の三重塔)

(写真18 付近の千早(ちはや)の滝)

 

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