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◆陸平(くがだいら)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「栗栖川」(昭和28.6)を使用したものである

所在:田辺市下川上(しもかわかみ)
地形図:皆地/栗栖川
異表記:公家平(くげだいら)
形態:川沿いの斜面に家屋が少数集まる
標高:約300m
訪問:2007年10月

 

 日置(ひき)川の支流、安(やす)川の左岸にある。古い地図でも建物の記号はなく、荒地となっている。
 下川上を安川沿いに走る県道219号は、安(やす)集落の民家がなくなる辺りで終点になり、林道安川大塔川線となる。しばらく進むと滝谷橋があり、ここは林道滝谷線の起点でもある。林道を少し進むと、左手に軽自動車が辛うじて通れる脇道があり、ここが陸平の入口になる。
 道の終点の左手は僅かな平地があり、おそらく民家の跡地と思われる。右手はなだらかな傾斜になっており、耕地の跡のよう。石垣も見られる。こちらにも、空き壜などがある民家の跡も確認された。終点の手前には小高い場所があり、頂上に墓地や社の跡があると思ったがそれらしいものは確認はできなかった。
 ここに来る途中で付近の方とすれ違い、陸平の行き方と話を少し伺うことができた。話によると、昭和20年代までは1軒の家があり人が住んでいたそう。現在の安川大塔川線は細い山道で、陸平からも富里(とみさと)の学校まで通っていたのだそう。この方は「くげだいら」と呼んでいる。
 以下は村誌より抜萃。

 大塔村下川上に公家平という所がある。地図には陸平と出ている。以前はここに3、4軒の家があり、陸平(公家平の転訛)という姓の家もあった。
 昔、この公家平に公家さんが住んでいたと言われ、お屋敷跡と呼ばれている所もある。公家さんというのは、山伏姿になって熊野落ちしてきた大塔宮護良親王のことで、しばらくこの大塔山麓に滞在し、熊野地方の義兵を集めて再挙の機をうかがっていたのだと言う。

 


写真 屋敷跡の穴

 

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