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◇畝畑(うねはた)



※ 以下の地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「新宮」(昭和28.4)を使用したものである

 

 町の南部。赤木(あかぎ)川の支流、和田(わだ)川上流部にある。
 町史によると、明治24年54戸273人、昭和31年72戸133人、同55年3戸7人、平成18年2戸9人。
往時は和田川沿いの道路はなく、町内西(にし)の小口(こぐち)より鎌塚(かまづか)西側の山中を経由、大倉畑(おおくらばた)山のザレ山坂やザレ山峠(俗称「辞職峠」)(※1)を越えて当地までを往来していた(※2)。車道の開通は昭和35年。また高瀬峠を越えて本宮町【現・田辺市】請川(うけがわ)とも交流があった。電灯がついた昭和37年
 「角川」によると、
大字畝畑は近世の牟婁郡畝畑村。明治22年小口村(のち熊野川町)の大字となる。神社は明治初年まで高倉社があった。寺院は定福寺(臨済宗)。
 
訪問時(2013年3月)も2世帯が在住。栗須(くりす)(栗須平(―だいら))(画像1)および小口(小口平(―だいら))(画像2)にそれぞれ1世帯。

※1 現在は大倉畑山の北にある鞍部を指すが、元来はここから100mほど北にあったよう(画像3)
※2 地図画像に見られる和田川沿いの破線の道も、先述の旧道から分岐して大原に降りるもの

 


画像1 栗須

画像2 小口

画像3 大倉畑山とザレ山峠

 

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