戻る 前へ 次へ 市町村選択ページへ 都道府県選択ページへ トップページへ

 

◆奥番(おくばん)

※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「那智」(昭和28.7)を使用したものである

在:古座川町小森川(こもりがわ)
地形図:滝の拝/那智勝浦
アクセント:オクバン
形態:山中に家屋が集まる
標高:約250m(小森川集落は約160m)
訪問:2011年4月

 

 大字小森川の西部、小(こ)川上流右岸にある。
 小森川の本集落からは山道を2km以上歩くことになる。集落北側の神玉(かみたま)神社(写真1)から「別荘(べっそう)ノ坂」と呼ばれる急坂を登り、標高約350mをピークにして少しずつ降りて集落に至る。小川沿いに道があれば高低差が少なく済みそうだが、わざわざ山中を通るのには何か理由があるのだろうか。
 なお訪問時は林内作業のために道が整備された直後であり、別荘ノ坂を含め道程の半分程度が非常に歩きやすくなっていた。
 集落跡へは1時間かからない程度で到着。やや緩くなった谷筋に農地の跡が広がり、山寄りに屋敷跡も数箇所見られる。集落北部の小高い山の付近には墓地(写真4)があり、ここでは渡瀬・峯・谷・尾地といった姓を確認(女性の旧姓も混在か)。集落より北東に向かって川へ降りると、神社の跡も見られた(写真6)。
 小森川在住の方(昭和17年生)の話では、子供に頃にはまだ暮らしている人がいたという(※)。小森川にある神玉神社は、もと奥番にあったものを現在地に遷祀したのではないかという(最近の地図でも、奥番に神社の記号があるものの現在地にはない)。
 また
板見平への訪問を試みた際、集落からおよそ3〜400m西にある小山付近でも屋敷跡と農地跡を見ることができた。屋敷跡は少なくとも2箇所はある。奥番の一部であるか、また別の集落であるかは不明。

※ 「角川」の大字小森川に関する記述によると、無人化は昭和33年

追記1:2012年1月、小森川の元住人の方からメールをいただき、以下のことが判明しました。この場を借りてお礼申し上げます

・集落への道が山中を通っているのは、距離が短くなるため。実際左岸・右岸沿いにも道はあったが、2、3倍の時間がかかる。(10年以上前に歩いたことがあるが、現在道はどうなっているか分からないとのこと)
・写真6が神玉神社の跡。昭和17年に遷祀したと聞く。遷祀前は小森川などからもお参りに訪れていた
・奥番はいくつかの小集落の総称で、クリス(クルス)・ウエジ・イタミダイラ(後出の画像)・ニシ・神玉といったものがあった。最も大きいものがクリス(クルス)。神玉には現在(平成23年)も吊り橋があり、これは個人が先祖のお参りのために設けたもの。(当レポートで訪れた場所がクリス。この後に確認した屋敷跡も、奥番の小集落の1つだろう)

追記2:『南紀 小川の民俗』によると、字栗栖(先述の「クリス(クルス)」)の神玉神社は寛永7年9月にこの地に移転。以前は成見川草木尾にあったという。また小森川の大江家が「奥番より移住」とあり、少なくとも1軒は大江姓であったことが分かる。

 


(写真1 現在の神玉神社)


写真2 屋敷跡の石段

写真3 集落内の道

写真4 墓地

写真5 小さな祠

写真6 神社跡

画像 イタミダイラ(板見平)

 

戻る 前へ 次へ 市町村選択ページへ 都道府県選択ページへ トップページへ