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◆杉山地(すぎやまじ)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「新宮」(昭和28.4)を使用したものである

所在紀宝町桐原(きりはら)
地形図:大里/新宮
アクセント:スギヤマジ
形態:緩い谷沿いに家屋が集まる
標高:約300?〜400m
訪問:2014年5月

 

 大字桐原の西部、相野谷(おのたに)川の支流流域にある。集落西の荷手野(にての)峠を境に、紀和町【現・熊野市】と接する。
 現在は林道(杉山地線)が通り、訪問は容易。集落に近づくと、道路沿いからでも石垣で段々になった農地跡を広く確認することができる。確認した屋敷跡は4箇所ほど。
 地元の方々に伺った話によると、分かるもので永高(えたか)・大向(おおむかい)・野村(のむら)・向(むかい)・箱木(はこぎ)ら各家の5軒。40年くらい前には既に2軒になっていたという。水田の耕作や山仕事を生業にしていた。
 
以下は町誌より杉山地に関する記事を要約したもの。(町誌では「杉山」とある)。

今よりおよそ700年前、里(※)の津呂屋敷(庄屋)(現・赤井)から分家して入植したと伝わる
その後各地の次男三男が入植、多い時期には10戸ほどが分散して住んでいた
最初の入植者であった津呂は「板津呂」と称して、田地を開墾し、後に戸長などを何期も務めたという

※ 詳細は不明。桐原の本集落の意か。または町内の大里(おおざと)および浅里(あさり)の脱字か

 


写真1 屋敷跡


写真2 集落の道

写真3 農地跡

写真4 屋敷跡

写真5 屋敷跡

写真6 階段と農地跡

写真7 屋敷跡

写真8 屋敷跡

 

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