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◆町野(ちょうの)



※ この地図は、大日本帝国陸地測量部発行の1/50,000地形図「津島町」(明治32)を使用したものである

所在:愛西市塩田(しおたちょう)
地形図:津島/津島
形態:川沿いの平坦地に家屋が集まる
離村の背景:河川の改修
標高:数m
訪問:2016年3月

 

 塩田町域の南西部にあった集落。位置は、現在の木曽(きそ)川の中に当たる。改修前は木曽川の旧流路の左岸に所在していた。
 「角川」によると、当地は近世の海西郡内町野村。明治22年六ツ和(むつわ)村の大字となる。明治期の揖斐(いび)・長良・木曽三川分流工事(※1)で全域が水没。『寛文村々覚書』では44戸183人、『尾張徇行記』では34戸141人(※2)。地内には白鬚大明神や観音堂があった。
 立田村史の付記「立田輪中の村々」の図では、旧村の全域が水没していることが分かる
 堤防より集落方面を望む位置に祠(写真2)が置かれているが、当地に所在してたものだろうか。

※1 これら木曽三川は下流で複雑に絡み合っていたため、沿岸や中洲の集落は度々水害に悩まされていた。この状況を改善すべく三川の完全な分断を図り、築堤・浚渫・水制・砂防等の大規模な工事が行われた。明治20年起工、同45年竣工(第一期:明治20—28年度、第二期:同29-32年度、第三期:同33-38年度、第四期:同39-44年度)
※2 「寛文覚書」は1670年代の編纂、「徇行記」は1790年代から1820年代にかけて調査されたものであるよう

 


写真1 集落跡方面を望む

写真2 堤防の祠

 

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