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◆美沢(よしざわ



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「中野」(昭和21.12)を使用したものである

在:中野市永江(ながえ)
地形図:替佐/中野
異表記:足俣(旧称)
形態:谷沿いに家屋が集まる
標高:足俣―約510〜570m 樽―約560〜630m
訪問:2025年11月

 

 大字永江の中部北東寄りにある。
 村史(平成17年)によると、集落整備事業により昭和48年1月集団移転、村内穴田(あなだ)に造成された宅地(美沢団地)に移ったとのこと。昭和45年15戸62人。
 また村誌(昭和38年)によると、もと「足俣」という集落名であったが近年改称されたとのこと。古くから医王院という堂宇があり、永江村指出帳(正徳元年)によると正秀坊という山伏が暮らしていたがその後廃絶。明治4、5年頃恭順という天台宗の高僧が庵を再興し、同28年入寂するまで暮らしていたという。

 集団移転の事実を帰宅後に知ったため未訪問(2015年)。ただし最近の航空写真を見ると数軒の家屋が見られ、人の往来はあると思われる。

 2025年訪問。
 旧足俣には数棟の管理家屋や現在も耕作されている田畑があり、やはり度々の往来があることが窺える。
 
東の支流沿いにある「樽」は、足俣に近い屋敷跡付近に小さな畑があるほかは荒廃が進み、かつての車道も通行困難となっている。685mの標高点のある鞍部にも訪れたが、鞍部の南側で水田の跡が見られたのみ。

 


写真1 県道沿い、集落への分岐にある美沢バス停
≪足俣≫


写真2 倒潰家屋


写真3 水田

写真4 集落風景

写真5 碑(日露戦争に関わるもの)

写真6 廃屋

写真7 道と畑。右の小屋の辺りは屋敷跡
≪樽≫

写真8 小屋と畑

写真9 屋敷跡

写真10 屋敷跡

写真11 道(右)と農地跡(左)。小屋は写真8とは別のもの

写真12 屋敷跡

(写真13 鞍部の風景)

 

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