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◆嘉例沢(かれいさわ)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「K部」(昭和29.8)を使用したものである

所在:黒部市嘉例沢
地形図:宇奈月/黒部
形態:山中に家屋が多数集まる
標高:約350〜400m
訪問:2011年6月

 

 市(旧市域)の北東部にあり、宇奈月町【現・黒部市】との境界にある
 訪れていたかつての住民(昭和16年生)の話によると、覚えている範囲で33軒。自給用の農業や炭焼きで暮らしていたという。小学校は集落内に田籾(たもみ)小学校の分校(※)があったが、中学校は遠地まで2時間かけて通ったという。現在定住者はいないが、夏期のみ戻って暮らしている家が1軒ある。なお数百年も前には現在の自然公園の付近にも人が暮らしており、段々の農地の跡が今でも見られるという。
 集落では最上部に白山神社(写真1)、やや下った場所で磨崖仏(地元では「五体像」と呼ばれる。県指定史跡)(写真2)、集落中心部で「嘉例沢集落足跡」の碑や観音堂(写真4)が見られたほか、倒潰家屋や屋敷跡が多数。磨崖仏は昭和37年に堂宇が建てられ、風雨に曝されないよう保存されている。また観音堂は、集落の無人化に伴い管理する者がいなくなり、朽ち果ててしまうことに心を痛め、石造りの小さな堂宇を現在地に再建し
た。
 
碑によると昭和27年頃から離村する家が増え始め、無人になったのは平成12年。また離村者として山保(さんぽ)家10軒・佐々木家8軒・大谷家7軒・門(かど)家3軒・山口家3軒・平野家2軒・石間家1軒(計34軒)が挙げられている。また往時の地図も記載されており、碑や観音堂がある場所は学校跡の付近であることが分かる(跡地の特定はできず)。
 なお大字嘉例沢は近世の新川郡布施(ふせ)保の嘉例沢村。明治22年下新川郡東布施村(のち桜井町)の大字となる。昭和5年28戸153人、同50年9戸34人。

※ 田籾小学校嘉例沢冬季分校。のち東布施(ひがしふせ)小学校嘉例沢冬季分校。昭和52年閉校(HEYANEKO氏調査)

 


写真1 神社。鳥居と石柱

写真2 磨崖仏

写真3 碑と観音堂

写真4 学校跡?(廃材との関連は不明)

写真5 屋敷跡

写真6 屋敷跡

写真7 倒潰家屋

写真8 石仏

 

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