◆一ッ石(ひとついし)
※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「川治」(昭和22.1)を使用したものである
所在:日光市西川(にしかわ)
地形図:五十里湖/川治
形態:川沿いに家屋が集まる
標高:約650m(水面は約680m)
訪問:2019年5月
大字西川の中部、湯西(ゆにし)川(鬼怒(きぬ)川二次支流)沿いにある。現在は湯西川ダムの人造湖(湯西川湖)に水没。
現地では湖畔の植林地内に炭焼き窯跡を見つけたが、その他の痕跡は確認できなかった。
付替道路(県道249号)沿いには一ッ石バス停と「一ッ石ポケットパーク」があり、後者の構内には水没に際し移動した記念碑や樹木・「お天気石」がある。このうち「お天気石」は甌穴を有する巨石で、投げた石が穴に入れば雨が降るというものであった。
解説板によると、疫病が流行した際、弘法大師が訪れて疫病の原因となった横瀬山の頂上にある三ツ岩の1つを放り投げたという。このことが地名の由来となった。
なおダム管理支所付設の資料室において、往時の集落のジオラマを見ることができる(写真8)。五十里で伺った話では10軒ほどあったとのことで、ジオラマからも多数の家屋があったことが窺える。
以下は資料室にある展示より、湯西川ダム建設の主な経緯。
昭和57.4 |
実施計画調査開始 |
昭和60.4 |
建設事業着手 |
平成9.9 |
補償基準の発表 |
平成10.12 |
損失補償基準の妥結調印 |
昭和17 |
第二次世界大戦により建設中止 |
平成15.3 |
移転代替地造成工事開始 |
平成20.10 |
本体建設工事起工式 |
平成21.9 |
ダム本体コンクリート打設開始 |
平成22.5 |
ダム定礎式 |
平成23 |
ダム本体コンクリート打設完了(9月)
試験湛水開始(11月) |
平成24.10 |
完成式 |
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