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◆萩形(はぎなり)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「阿仁合」(昭和29.2)を使用したものである

在:上小阿仁村沖田面(おきたおもて)
地形図:矢上倉山/阿仁合
形態:川沿いに家屋が集まる
離村の背景:ダム建設および最終は移転事業
標高:約230m

訪問:2016年5

 

 大字沖田面の西部、小阿仁川沿いにある
 資料『秋田・消えた村の記録』によると、昭和36年頃の最盛期に
38戸(山田19・佐藤12・上杉4ほか各家)。昭和39年の萩形ダム建設に伴い17戸が移転し、のち昭和40年から43年にかけて9戸が各々移転。さらに集落再編成事業により、昭和45年に残る12戸が転出したとのこと。
 
村史によると、本格的に開発が始まったのが嘉永6(1853)年。五十目村(後の五城目町)の渡辺氏による。当地にあった沖田面小学校萩形分校は、明治33年に特別教育所として設立。昭和4年に分校となり、昭和44年閉校。さらに上小阿仁小中学校のウェブサイトによると、上小阿仁中学校萩形分校は、昭和23年4月に開校(閉校時期は記載なし)。
 現在はほとんどが荒地や林・植林地。集落の中心部(萩形平)へ向かう途中には、キャンプ場(写真2)や供養塔(写真3)が見られる。集落中心部には離村記念碑と学校跡の標柱、祠が置かれた一角がある(写真4)。人家は右岸にもあったようだが、既に橋は流失しており未確認。

 


写真1 萩形ダム堰堤

写真2 キャンプ場

写真3 供養塔

写真4 祠と碑

写真5 平坦地

写真6 平坦地

写真7 橋の跡

写真8 小屋

 

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