◆長面(ながつら)
所在:石巻市長面
旧河北町の北東部にある。北上(きたかみ)川の河口付近で、追波(おっぱ)湾に面した地区。人家は大字南東部沿岸(字江畑等)に集中。ほか北西部の須賀地区にもある程度集まっており、ほか沿岸や内陸にも点在していた。 町誌によると、長面はかつて長津浦・長面浜・長須賀などと呼ばれたという。起源については引用する『村誌』で、「文治四年鎮守府将軍藤原ノ泰衡、源義経ヲ拒ミ謀リシヲ、其ノ家臣等諌メケルニ、終ニ挙ゲラレズシテ退ク者拾余名、当郡雄勝浜三山権現別当ニ由縁アリテ身ヲ寄スルノ地ヲ求メシニ、本村浦海ノ辰巳ニアタリ、山間ニ広キ野谷地アルヲ開墾シ、又ハ漁事ヲ営業トシテ居住セルモノ七戸ナリ。此地ヲ字、滝浜ト謂フ」とある。なお彼らが滝浜の宮下山に北野神社を勧請し、その時の御神体が菅原道真の短冊と笏であったという。
統合時の児童数は101人。 「角川」によると、大字長面は中世より見える地名。桃生郡のうち。近世は桃生郡長面浜。明治22年大川村の大字となる(のち河北町)。明和9(1772)年97戸、文政11(1828)年407人、昭和28年162戸1,028人。
東日本大震災(未曽有の大津波) 平成二十三年(二〇一一年)三月十一日 午後二時四十六分、三陸沖を震源とする震度七の大地震が発生し、およそ四十分後、當地に十数メートルの大津波が押し寄せた。 平成二十五年三月 そして「震災横死者名」として、98名の名が刻まれている。
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写真1 住宅地跡(字須賀) |
写真2 字江畑・町裏の風景 |
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写真3 長面浦漁港(字平六) |
写真4 龍谷院(字三本倉) |
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写真5 寺院敷地の樹木と石造物群。左より山神・石仏・穐葉山大権現 |
写真6 県道沿いの石造物群(判読できるものでは、巳待供養塔・庚申塔がある) |
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写真7 住宅跡(字入) |
写真8 隧道。入地区から参道入口への捷径 | ||||||||
写真9 神社・参道入口の鳥居(以下字大入山) |
写真10 鳥居脇の石造物群。左より若木山・古峯神社・湯殿山・大槻翁の顕彰碑・庚申塔。右は判読できず。なお大槻翁(大槻平六左衛門)は、長面に塩田を開いた功績者。慶応元年歿 | ||||||||
写真11 八雲神社 |
写真12 大杉(おおすぎ)神社 | ||||||||
写真13 常磐魂水(ときわたまみず)神社。右は昭忠碑、左後方は五十鈴(いすず)神社 |
写真14 北野神社 |