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◆大谷沢(おおたにざわ)



※ この地図は、国土地理院発行の1/50,000地形図「歌志内」(昭和36.8)を使用したものである

在:赤平市百戸町北(ひゃっこちょうきた)
地形図:赤平/歌志内 芦別/歌志内
形態:川沿いに家屋が散らばる
離村の背景:産業の衰退、のち過疎化

標高:約80m〜
訪問:2013年6

 

 市の東部、ペンケキプシュナイ川および支流の右ペンケキプシュナイ川沿いにある
 市史によると、道庁が林業の奨励のために設定した「北海道地方費有模範林」に入植者を住まわせたのが集落の起源であるよう。模範林内に農耕地を設定し、開墾を行うと同時に林業に従事させるといったもの。大正3年貸付告示。大正5年までに、15戸分の区劃に対し重複貸付地もあり13戸(下流より山田・請川・末永・向・中山・角橋・林・佐々木・谷井・安井・上野・藤山・下川)が入植。当時は全戸ペンケキプシュナイ川沿い。播種の時期に植林に応じたり、農地や道の草刈りと同時に植林地の草刈りも重なったりと、他の一般的な入植と比べ苦労があった。大正10年頃までには各戸とも開墾が進み、小麦・豆類・菜種・
亜麻・トウモロコシなどを作付。米は4戸が試作するが、寒冷なこともあり普及せず。
 その後は
炭礦および戦後の農地開拓によって栄えたが、炭礦の閉山後は開拓農家の離農者も相次ぎやがて無住になった。
 以下は大谷沢地区の炭礦経営の変遷。

開坑‐閉坑

炭礦名 採掘権者 従業員数
大正12‐昭和7 大谷炭礦 生田氏 6(大正13)
13(昭和7)
昭和8‐昭和9 宮尾空知炭礦 宮尾氏 21(昭和8)
昭和9‐昭和10 恵須取炭礦空知礦業所 恵須取炭礦(株) 111(昭和9)
昭和10‐昭和14

大谷炭礦

豊田氏、のち共同鉱業(株) 134(昭和12)
昭和14‐昭和18 石鳳炭礦大谷沢炭礦 石鳳炭礦(株)、のち石橋(株) 230(昭和15)
昭和18 (閉山)    
昭和26‐昭和28

大谷沢炭礦

大和鉱業(株)、のち武田氏 33(昭和27.3)
12(昭和28.11)
昭和30‐昭和31 旭ヶ丘炭礦 武田氏 不明

昭和36‐昭和37

北振大谷沢炭鉱 三井鉱山(株) 43(昭和37.3)
昭和37‐昭和41 平岸大谷沢炭鉱 45(昭和37.9)
258(昭和39.3)
110(昭和41.11)
昭和40‐昭和43 平岸栄炭鉱 平岸炭鉱(株) 170(昭和41.12)
42(昭和43.3)
13(昭和43.10)

 大正12年に始まった大谷沢地区の採炭事業は、平岸栄炭鉱の閉山をもって終了。

 昭和21年赤平市で戦後の開拓が始まり、ペンケキプシュナイ川沿いに相次いで開拓農家が入植した。以下は同書の「開拓者年次別離農者状況」より(昭和44年4月1日時点)。括弧内の数字は別のページにある「戦後開拓者の入殖年と戸数」の表(統計は昭和31年まで)のもの。昭和44年の時点で25戸残存のようだが、やや疑問が持たれる。

  昭和21 昭和22 昭和24 昭和25 昭和26 昭和27 昭和31 昭和32 昭和33 昭和35 昭和39

昭和40

昭和41 昭和44
入植農家 8
(9)
11
(10)
8
(10)
5
(6)
3
(3)
2
(1)
2
(―)
  1          
自然離農           1 1   2 2      
対策離農                       7 2  
残存農家 8 19 27 32 35 37 38 37 38 36 34 27 25 25

 なお集落には学校(旭丘小学校)があったが、昭和44年7月1日付で廃校を決定。同月28日、廃校式が行われた。以下は児童数の推移。

昭和31 昭和33 昭和34 昭和35 昭和41 昭和44.4 昭和44.5 昭和44.6
51 61 65 66 12 3 1 0

 また集落には昭和25年創設の旭ヶ丘神社があったが、昭和40年代人口の減少に伴い廃止された。

 現在、ペンケキプシュナイ川沿いで分岐から近い場所では電線も引かれ、倉庫等に転用された宅地や荒れた農地跡などが見られる。分岐から2kmほどで鉱業会社の施設(写真6)があるが、学校はこの近くのよう。後で知るところでは、少し先に学校跡を示す標柱があるとのこと。なお途中で分岐する作業道もたどってみたが、特に何も見つからなかった。右ペンケキプシュナイ川沿いも一通り往復してみたが、分岐から500mほどの所で養魚場跡?が見られたのみ。奥は大谷沢林道となっている(写真7)。

 


写真1 道と平坦地(以下ペンケキプシュナイ川沿い)

写真2 屋敷跡の小屋

写真3 屋敷跡?

写真4 川と平坦地

写真5 何かの遺構

写真6 鉱山会社の施設の一部

写真7 林道と看板(右ペンケキプシュナイ川沿い)

 

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