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◆大曲(おおまがり)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「乙忠部」(昭和22.2)を使用したものである

在:枝幸町歌登大曲
地形図:上徳志別/乙忠部 黒岩山/仁宇布
形態:川沿いに家屋が散らばる
標高:約130m〜
訪問:2013年6

 

 町の南部、徳志別(とくしべつ)川沿いにある。
 町史によると、集落は大正5年春に4戸(鎌田・山内・山内・大野各氏)が入植したことに始まる。3、4年後には10余戸を数えるほどになる。神社(大曲神社)は昭和3年建立、同26年学校付近に移設。
 以下は大曲小学校・中学校の沿革。

(小学校)
 大正14  農家の一室において私設学校の授業開始
 大正15  仮校舎建設。志美宇丹(しびうたん)尋常小学校大曲特別教授場設置認可
 昭和3  現在地に校舎建設
 昭和17  校舎移転。上大曲分教場と称す

 昭和20

 上徳志別小学校大曲分校と改称
 昭和25  再び現在地に移転
 昭和26  大曲小学校となる
 昭和51.3  廃校

(中学校)
 昭和27  志美宇丹中学校大曲分校開校。小学校に併置
 昭和29  大曲中学校となる
 昭和51.3  廃校


 現在、大曲橋付近や学校跡付近に廃屋が数戸見られる程度。校地を望む路傍には「大曲小學校跡」の碑(写真2)が立ち、校舎も一部が倉庫として利用されながら残っている(写真3)。最近の地図では大曲橋の袂に碑の記号が記載されているが、これは既に撤去されているよう(写真5)。
 なお集落には、国鉄美幸(びこう)(※)が延長・開通し駅が設けられる予定であったが、路線の廃止により未成区間となってしまった。現在の道道の天の川(あまのがわ)トンネルは、美幸線の第2大曲トンネルを利用したもの。
 なお字大曲は昭和56年からの行政字。もとは歌登町大字歌登村の一部(角川)。

※ 当初美深‐枝幸間を結ぶ計画であったが、赤字路線のため昭和60年に全線廃止(営業区間は美深‐仁宇布(にうぷ)間のみ)

 


写真1 倒潰家屋

写真2 碑

写真3 校舎

写真4 校地にある家屋


写真5 碑の跡(
中央に礎石)


写真6 塞がれたトンネル

 

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