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◆似峡(にさま)



※ この地図は、国土地理院発行の1/50,000地形図「奥士別」(昭和46.5)を使用したものである

在:士別市朝日町岩尾内(―いわおない)
地形図:岩尾内湖/岩尾内湖
形態:川沿いに家屋が散らばる
離村の背景:ダム建設

標高:約300m(水面は約320m)
訪問:2012年6

 

 字岩尾内の西部、天塩(てしお)川沿いにある。現在は岩尾内ダムの人造湖(岩尾内湖)に水没。
 以下は「
角川」の記述より。

かつては士別御料地(通称奥士別御料地)およびニイサマ殖民地と称された地域
大正2年宮城・福島・奈良や道内各地からの入植者によって開拓が始まった
天塩川・似峡川・サックル川に沿った平坦地に農地が広がり、水稲・ジャガイモ・ビートなどを耕作
昭和7年森林鉄道が敷設され、木材の基地として地内中央部(似峡地区)に市街地が形成された
昭和10年似峡郵便取扱所開設
昭和37年道道が開通し、映画館・旅館・食堂などが次々に建設され、朝日町第二の市街地として栄えた
昭和40年岩尾内ダム建設のため、似峡・上似峡併せて210戸966人が移転(46年完成)
大正4年似峡簡易教育所(のちの似峡小学校)(※)設置。昭和22年糸魚(いとい)中学校似峡分校開校

※ HEYANEKO氏の調査によると、閉校は昭和42年

 現在は半島状に残った尾根筋に岩尾内湖神社山公園がある。この南では旧道が水中に向かって残っているが、この近辺でも往時を偲ばせるものは見つからず。展望台付近にある「有馬守忠殉職之碑」(写真3)は、帝室林野局の技師であった氏が当地で殉職したことを悼むもので、水没を機に移設された。

 


写真1 岩尾内ダム

写真2 岩尾内湖。左は公園

写真3 碑

写真4 道と水面

写真5 湖畔の平坦地

写真6 似峡川沿いの農地跡(採草地?)

 

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