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◆臼牛(うすぎゅう)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「大栃」(昭和28.12)を使用したものである

所在:香美市物部町安丸(ものべちょうやすまる)
地形図:大栃/大栃
形態:山中に家屋が集まる
標高:約520m
訪問:2025年12月

 

 大字安丸の北西部、上韮生(かみにろう)川右岸側の山中にある。
 村史(続)には、最後の住民の1人である
門脇氏(土佐山田町居住)(※)の談話が掲載されている。これによると、かつては8戸。主な生業は田畑の耕作。田は多い者で7反ほど、少ない者で2反ほどであった。畑では自給用のトウモロコシ・芋・麦などを栽培。米だけでは収入が少ないため、全戸が畑に桑を植えて蚕を飼った。ほか蒟蒻を作ったり、子牛を売ったりする家もあった。
 
昭和38年門脇氏(※)が高知市へ、翌年岡本氏が高知市へ、のち岡本氏が南国市へ、森本氏が柳瀬の平井へ、野中氏が隣の亀ヶ峠へ転出(※)。他の家々もこのままでは生活できないということで、昭和40年12月、全住民と転居した人々が集まり、集落の解散式が開かれた。
 なお集落に
道路はなく、物資は安丸から背負って運んでいた。昭和39年度より村により林道臼牛線の開鑿が始められたが、完成時には集落の人々はみな出てしまっていた。
 
昭和35年39人。

 現地では、道路下に廃屋1軒、上に複数の屋敷跡と墓地がある。墓地では、山中・岡本・門明・山中といった姓が見られた。

※ 村史にある「門脇」2世帯のうち、少なくとも1世帯は「門明」の誤り。言及のある門脇氏のうち1名は墓に名前が記されており、「門明」氏であることを確認した。「門明」は「かどあき」と読み、高知県に多い

 


写真1 廃屋


写真2 屋敷跡。左は墓(山中氏)


写真3 屋敷跡


写真4 屋敷跡


写真5 屋敷跡


写真6 屋敷跡


写真7 屋敷跡


写真8 農地跡


写真9 墓地(門明氏)


写真10 墓地(山中氏)

 

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