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◆鉢久保(はちくぼ)



※ この地図は、国土地理院発行の1/50,000地形図「桜谷」(昭和47.7)を使用したものである

所在:那賀町木頭(きとう)字かしむね向イ
地形図:阿波平谷/桜谷
形態:山の稜線近くに家屋が集まる
標高:約550m
訪問:2008年9月

 

 坂州木頭(さかしゅうきとう)川の右岸で、木頭下(きとうしも)(旧称広野)集落向かいの稜線近くにある。

 食糧増産と農業振興のため、戦後に開拓された集落。村誌によると、昭和21年1月、山林所有者・開墾者・事業監督者の間に鉢久保の開墾に関する土地貸借契約書が作成された。昭和35年7世帯29人、昭和40年4世帯14人、昭和45年2世帯8人。昭和48年石本・笹川・西谷の3戸(男5・女5)。山の神を祀る。以下は開拓の関係者。

・第1分団(建屋入植)

  申込者 もとの居住地 解散時 離農時期
1 中西 坂州 笹川   
2 福田 〃   昭和43年
3 森原 〃 森原(通い耕作)  
4 川田 〃   昭和43年
5 石本 木頭 石本  
6 大下 〃   昭和42年
7 木村 〃   昭和43年
8 西谷 〃(字桑坂)    

・第2分団(通い耕作)

  申込者 もとの居住地 解散時
1 藤長 坂州 藤長
2 川尻 〃 川尻
3 仁義 〃 仁義
4 小柏 〃 小柏
5 湯浅 木頭  
6 川尻 〃  
7 龍田 〃 龍田
8 前田 〃(字桑坂) 前田


 最近の地図には載っていないが、大字坂州(さかしゅう)より鉢久保まで車道が延びている。林道鉢久保線として年々拡幅工事が進んでいるが、工事箇所が終わると軽自動車がすれすれで通れるくらいの幅になる。集落には3軒の家屋が残っており、うち2軒はしばしば人の出入りがある雰囲気。山の神の存在は後日知ったため、この時は未確認となった。
 旧上那賀町の松久保
の方の話では、40年くらい前(1960年代)には1、2軒が暮らしていたとのこと。

 


写真1 集落入口付近


写真2 人家

写真3 廃車

 

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