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◆椎ノ尾(しいのお)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「櫻谷」(昭和26.9)を使用したものである

所在:那賀町白石(しらいし)
地形図:阿波平谷/桜谷
形態:川沿いの斜面に家屋が集まる
離村の背景:移転事業
標高:約300m〜450m
訪問:2008年9月・2025年12月

 

 那賀(なか)川の左岸にあり、国道195号では市宇(いちう/イッチュー)集落のひとつ隣にある。
 昭和47年4月、町の集落整備により上ノ内公営住宅(大字平谷)に移住、形式的には解散状態となる。しかし台風等危険なときを除いては、住み慣れた家に帰って生活することが多くなっている。公営住宅との二重生活。移住直前で家は家段3・西堀2・堀田・東・鴻瀬・川口・椿本各1。
 集落は急な斜面にへばり付くように家々が並んでいる(1軒は国道沿いの尺地に建ち、バス停が目の前にある。常住か)。集落内の道は細く、通り抜けられる道なのか民家に通じる道なのかが分かりづらいが、途中からは集落内を縦断する急な石段となる。手入れがされた家が多く、無人の集落とは分からない。
 
榑山からの帰り道、家に戻っている方に出会ったので話を伺った。椎ノ尾は奥の榑山から分かれて生じた集落。榑山と併せてかつては32軒。1家族に14、5人くらいの大家族も普通だったそう。昭和40年代に人が減っていった。上流に「那賀町清掃センター」ができて以来、灰やカラスに悩まされている。移転先でも何かと問題があり、話を聞く限り移転事業は決してスムーズなものではなかったよう。住民と行政の間にわだかまりを残している。

 2025年再訪。町誌記載の集落地図を参照に個々の宅地を見て回ったほか、前回未確認であった観音堂を訪問。最近の地形図では神社のさらに上にも建物が記されており、ここでも廃屋が見られた。ただしこの家は、先の集落地図では椎ノ尾・榑山ともに記載がない。なおイジノ谷(国道の上椎尾橋の谷)の西に記されている屋敷跡(東家)は位置が分からなかった。
 墓地では、西堀・家段・鴻瀬の各氏の名が見られた。

 


写真1 集落上部の家屋群


写真2 椎尾バス停
(以下2025年撮影)


写真3 バス停付近の家屋


写真4 ユズ畑


写真5 集落風景


写真6 集落内の道


写真7 屋敷跡


写真8 廃屋


写真9 廃屋


写真10 小祠


写真11 廃屋(=写真1右手前)


写真12 屋敷跡(=写真1奥)


写真13 観音堂


写真14 写真13付近の地神塔


写真15 写真13付近の古い墓地


写真16 神社入口。建物は境内の舞台


写真17 神社の祠


写真18 境内社


写真19 神社より高所の廃屋


写真20 イジノ谷より西の農地跡

 

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