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◆大金山(おおかねやま)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「日原」(昭和33.5)を使用したものである

所在:益田市美都町山本(みとちょうやまもと)
地形図:都茂郷/日原
形態:山中に家屋や施設が集まる
標高:約220m〜
訪問:2026年6月

 

 大字山本の北東部、益田川の左岸山中にある。
 「採礦地」の記号があり鉱山に伴う集落であることが分かるが、具体的な鉱山名は不明。
町史には「大金鉱山」(後の島根鉱山。後述)についての記載があり、閉山の時期が当地の消滅時期に近い。
 なお地形図では地名と施設群は昭和33年発行分を最後に記載がなくなるが、採鉱地の記号は昭和45年発行(同36年測量)分まで存在している。

 県道より適当に斜面を登り、まず集落跡に到達。土地は段々になっているが、一つ一つの区劃が広くその規模の大きさを窺わせる。道沿いには石仏、南側では墓地も見られた。この一帯は昭和46年発行の地形図(1/2万5,000)では畑の記号が見られるが、無住となってから植林が施されるまでは農地として使用されていたか。
 旧版地形図では谷の上流部に施設が集まっているように見えるが、想定していた場所まで登っても遺構類は思いのほか少ない。藪が深くなっているものの、さらに登るべきであったか。

 「角川」の小字一覧には山本に「大金山(オオカネヤマ)」があり、見出しの読みはこれに倣った。


 (参考:大金鉱山の主な沿革)

 天明年間(1781-89)採掘開始。文化年間(1804-16)の経営ののち休鉱。文久3(1863)年再開したのち、再び休鉱。明治に入り再開。明治25、6年頃最盛期を迎え、大正4年休鉱。昭和18年日本鉱業株式会社が買い受け、翌年より採鉱開始。4月に島根鉱山と命名され、山料に事務所を構えた。昭和20年3月採鉱を中止し探鉱のみを行ったが、終戦とともに休止。昭和26年に試験探鉱を行ったが、有望な鉱脈はなく同33年に完全に廃鉱となった。
 主に銅を産出。鉱区は字大金山ほか48字(邑智郡誌付録)。

 


写真1 路傍の石仏(覆いが崩れている)(以下集落)

写真2 平坦地

写真3 石垣

写真4 茶碗

写真5 平坦地

写真6 遺構

写真7 小屋の跡(右)と水槽

写真8 墓地

写真9 墓地

写真10 平坦地

写真11 地面の遺構(写真10にて)

写真12 上流へ向かう道

写真13 谷沿いの横穴(鉱山関係の坑口?)(以下施設群)

写真14 谷沿いの石垣

写真15 石垣

写真16 櫓状の遺構

写真17 石垣

写真18 石垣

写真19 遺構

写真20 穴(鉱山関係の坑口?)

 

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