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◆空田(そらだ)



※ この地図は、国土地理院発行の1/50,000地形図「川本」(昭和50.8)を使用したものである

所在:邑南町井原(いはら)
地形図:川本/川本
形態:谷沿いに家屋が集まる
標高:約400m
訪問:2026年6月

 

 大字井原の北部、挽谷(ひきたに)川(濁(にごり)川支流)の支流沿いにある。長崎山の南。

 町誌によると、当地の入植は昭和22年より開始。一面の松林で道路も電気もなく、開拓は苦難の連続であったという。最盛時は9戸で、今(※)は3戸が水田を耕作して暮らしている。電気も導入され道路も開通しているが、冬は仕事を求めて山を降り、ほとんど無人となっている。中学生は寄宿舎、小学生は平坦部に1軒の家を借り、冬はそこから通学させていたとのこと。
 また往古は盛んにたたら製鉄が行われており、「山内部落」と呼ばれるたたらの関係者(親方をはじめ村下(げ)(職工長)・番子(ふいご係)・山子(炭焼き)・人夫などとその家族)の集落があったという。昔の往還でもあり、「空田千軒」といわれるほど賑わっていた。井原のたたら製鉄は、中野や北東部の山地で行われていた。
 さらに八幡に祀られている八幡宮は古くは当地にあり、獺越への移転を経て八幡に奉遷されたとのこと。

※ 刊行は昭和47年

 当地は挽谷川支流の最上流部に当たるが、井原方面より田ノ原を経由し訪問。こちらには林道(空田線)が通じているものの、分岐のバリケードや道路自体の荒廃により自動車は通行できない。
 集落では3箇所ほどの屋敷跡を確認。

 読みは町誌のルビに拠った。

 


(写真1 林道起点)

写真2 建物跡。基礎が見える

写真3 屋敷跡

写真4 写真3にて

写真5 屋敷跡

写真6 屋敷跡

写真7 水田跡

 

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