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◆柿原(かきはら)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「坂根」(昭和27.1)を使用したものである

所在:八頭町柿原
地形図:因幡郡家/坂根
形態:谷沿いに家屋が集まる
標高:250m前後
訪問:2026年6月

 

 大字柿原の西部、小畑川(八東(はっとう)川支流)左岸側にある。
 当地の調査・再生・活用を行っている社団法人作成の「柿原マップ」には、概ね入口より保木本神社・旧季節分校・墓地・旧公民館・石碑・辻堂・尾崎神社などといったスポットが記されている。

 現地では、まず県道沿いに神社2箇所(3箇所?)や廃屋・墓地(保木本家)・水田跡が見られた。綾木峠に向かう脇道沿いがかつての中心で、先のスポット群のほか複数の家屋・廃屋・屋敷跡が見られる。集落外れの墓地は古い墓石も含め規模が大きく、新しいのもでは尾崎姓が見られた。
 HEYANEKO氏
によると、当地にあった学校は八東小学校柿原冬季分校跡(昭和45年閉校)。氏の調査より、写真10がその跡地であることが分かる。

 資料『八東町四十五年史』によると、昭和35年18戸86人、同50年11戸21人、平成2年5戸8人、同16年1戸1人。
 「角川」によると、大字柿原は近世の柿原村で、八東郡のうち。明治22年小畑村の大字となる(のち大正5年八東村、昭和31年八頭村、同34年八東町の大字)。明治3年35戸155人、同24年32戸171人、大正10年25世帯、昭和30年18世帯、同50年10世帯、同56年9世帯19人。

 


写真1 清常神社

写真2 祠

写真3 廃屋

写真4 保木本神社

写真5 県道沿いの墓地と水田跡

写真6 家屋。「柿原マップ」によると保木本邸。活動の拠点でもある

写真7 宅地入口

写真8 集落内の道

写真9 納屋。「柿原マップ」によると「三連蔵」

写真10 学校跡。校舎であったよう

写真11 墓地にて。古い墓


写真12 家屋


写真13 旧公民館

写真14 碑と「太神宮」の石塔

写真15 辻堂

写真16 石仏と石塔。石塔には「大乘妙典六十六部日本廻国…」などとある

写真17 家屋

写真18 蔵

写真19 尾崎神社

写真20 宅地入口。「柿原マップ」によると「上の尾崎邸」

写真21 屋敷跡

 

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