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◆嶽(だけ)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「栗栖川」(昭和28.6)を使用したものである

所在:田辺市鮎川(あゆかわ)字小川
地形図:合川/栗栖川
形態:谷沿いに家屋が少数集まる?
標高:約230m〜?
訪問:2026年5月

 

 大字鮎川の北部、小川谷(富田(とんだ)川二次支流)の支流沿いにある。
 現地には林道嶽線が通じ、終点のやや手前より農地跡の石垣が見られる。旧版地形図では下流側の左岸・上流側の右岸に建物が記載されているが、いずれでも明瞭な屋敷跡は確認できなかった。ただしその中間付近で、円筒状の遺構や生活の遺物が残る建物跡を確認。
 このまま谷の上流にある分領ノ滝まで足を延ばしたが、谷が開けた辺りから先は明瞭な道はない。

 村史によると、「字小川の嶽口」に薬師如来像・道祖神・巡拝塔(地蔵菩薩像が坐す)があるとのこと。このうち巡拝塔は、県道からの分岐付近に銘文が一致する石造物が確認できた(写真1中央、石仏の台座)。さらに嶽の岩陰に「はたほうじ」として祀られる地蔵があり、畑の収穫を祈るとのことだが、写真8がそれだろうか。

 なお「嶽」の字体表記については、村史の記述や林道名(嶽線)・橋梁名(嶽橋)での表記に倣い旧字体とした。また読みは橋梁の銘板に拠った。

 


(写真1 集落への分岐にある石仏。中央の石仏は巡拝塔を兼ね、台座には「文化十年酉八月」「西國四国〓夫坂東納經塔」「願主當村下小可惣吉」とある。〓は「しめすへんに矢」。「〓夫」は秩父の意であるよう)


写真2 段々の石垣。下流側の人家の想定場所


写真3 集落内の道(S字にカーブしている)


写真4 建物跡。左の遺構は写真5


写真5 円筒状の遺構


写真6 段々の石垣。上流側の建物想定場所


写真7 農地跡(谷の両側に広がる)


写真8 岩陰の石仏


(写真9 分領ノ滝)


(写真10 滝付近の小祠跡)


(写真11 滝付近からの眺め。集落は中央の谷間)

 

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