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◆一ノ瀬(いちのせ)



※ この地図は、国土地理院発行の1/50,000地形図「戸隱」(昭和36.8)を使用したものである

所在:長野市浅川一ノ瀬(あさかわいちのせ)
地形図:若槻/戸隠
形態:川沿いから斜面にかけて家屋が集まる
標高:約550m(水面は約560m)
訪問:2025年11月

 

 大字一ノ瀬の中部、北浅川(浅川支流)右岸にある。現在は浅川ダムの湛水に伴い水没。

 訪問時は貯水がなく川底まではっきりと確認できたものの、造成のためか屋敷跡らしいものは確認できなかった。集落の南東には神社(八幡宮)があるが、あまり管理されている様子はない。旧版地形図の神社の記号とは別の場所にあるが、灯籠や社殿等の様子から鑑み、ダム建設で移設されたものではなく往時からここに鎮座していたよう。また集落の南の鞍部(八櫛神社の裏からの登り口)には石仏が祀られている(写真8)。

 市誌によると、昭和14年4月15日夜、飯縄山麓にある論電ヶ谷(ろんでんがや)池が雪解け水の増水によって決潰。一ノ瀬の1戸と中曽根(なかそね)の2戸が流され住民が犠牲となっている。流出家屋9戸(うち住家四4)、浸水83戸、死者19名、約20町歩の田畑が土砂で埋まった。
 また「角川」によると、昭和63年5戸14人。

 なお北浅川と南浅川に挟まれた山中にある八櫛(やくし)神社(通称・ブランド薬師)も、一ノ瀬の地内。
 資料『長野県町村誌』によると、神社は勧請年不明。祭神は少彦名命。弘化4(1847)年の震災で社殿が崩落したが、文久元(1861)年再建した。通称の「ブランド」には「浮蘭土」あるいは「鳳鸞洞」「鳳蘭戸」の字を当てる。
 また通称の由来について、資料『大長野市』には「人、堂に入れば動搖するを以てブラン堂といひしといふ」とある。
 市誌によると、神社の下方、浅川沿いに鉱泉(ブランド薬師の湯)があったが、現在はなくなっているとのこと。また社殿は文久以降、大正4年・昭和6年・同36年に修繕されている。
 現地の説明板によると、平成30年3月、市指定有形文化財に指定。岩に穿った穴から水平に突き出した梁で社殿を支えており、きわめて独特な建築様式。江戸時代の文書には「不落堂」「フラン堂」の名称が見られるという。

 


写真1 ダム堰堤

写真2 堰堤より上流を望む。一ノ瀬は川より左側

写真3 堰堤付近の祠と石造物群(水没地から移設?)

写真4 一ノ瀬橋より下流を望む。中央やや左に建物があったよう(元の地形は失われている)

写真5 一ノ瀬橋より上流を望む。中央やや左に建物があったよう(元の地形は失われている)

写真6 神社。鳥居と社殿

写真7 神社そばの祠

写真8 石仏群。右のものは付近から移設されたものとの由

(写真9 八櫛神社登り口)

(写真10 社殿と市街の遠景)

 

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