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◆入山(いりやま)
所在:生坂村
村の東部山中にある。 村誌によると、戸数は貞享2(1685)年清水平1・こやんた2・やじろう2・なろう1・みょうぶ屋敷1・権現沢各1の計9戸。明治6年清水平3・こやんた2・なろう2・入屋敷4・中屋敷1・その他2の計14戸。この当時の姓は吉沢5・塩島3・池田2・市川2、井口・赤羽が各1。 ※ 家印はひとやねの下に「古」
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異表記:小谷田
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![]() 写真3 ツガの木 |
![]() 写真4 墓地 |
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≪入屋敷≫ アクセント:イリヤシキ
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≪奈良尾≫ アクセント:ナラオ
明治十九年、丸山、井口宥泉氏宅に支校開設。同四十二年、井口運玄氏宅に移り山裏分教場となり、同四十四年、入山名郎の地に新築移転入山分教場となる。井口茂先生は同四十二年より昭和二十五年まで四十一年間親子を教えた。同窓会では昭和二十二年、徳碑を天王様へ建立した。昭和四十年、生坂北小学校に統合廃校となる。 屋敷跡は学校を過ぎ、少し南側に行った場所にある。おそらく2軒は近い場所で隣接。墓地(写真12)はこの南の尾根上にある。付近にはベンチがあり、丸山方面の山々を望む。
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![]() 写真6 校舎 |
![]() 写真7 宿直室? |
![]() 写真8 2階窓際 |
![]() 写真9 「べんきょうえほん」 |
![]() 写真10 井口茂氏の頌徳碑 |
![]() 写真11 屋敷跡 |
![]() 写真12 墓地 | |