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◆梨谷(なしたに/ナシタン)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「下梨」(昭和32.8)を使用したものである

所在:南砺市梨谷
地形図:下梨/下梨
形態:山中に家屋が集まる
標高:約640m
訪問:2011年6月

 

 村の西部、庄(しょう)川支流の梨谷川左岸にある。
 現在はたいらスキー場が営業中だが、関連施設を除き4、5軒程度の家屋や神社(白山社。写真4)・寺院(念仏道場。写真5)が残っている。神社はスキー施設に近いにもかかわらず、移転されることなく昔の位置のままのよう。また集落にはかつて学校(下梨(しもなし)小学校梨谷分校)があった。
 村史によると、学校は明治35年9月13日梨谷分教場として開設、昭和47年本校に統合。校舎は公民館に転用された。また明治末期まで石灰の生産が行われ、会社(※)が設立されたり索道が設けられたりした。索道が設けられる以前は、物資を運搬する「ボッカ」により朴(ほお・ほう)峠・唐木(からき)峠を越え、若杉を経由し城端方面へ送られた。

※ 梨谷石灰製造合資会社。明治31〜同37

 各戸の状況は以下のとおり。

番号 屋号 姓 明治初 昭和2 昭和57 移転時期 移転先 備考
1 あらい 山崎 ○ ○ ○ ― ―  
2 ひがし 東 ○ ○ ○ ― ― もと梨谷川寄りの低地(田の尻(たのしり))付近に居住。明治初〜大正年間に中心部へ移転
3 はば 辻本 ○ ○ ○

―

―  
4 やなぎ 柳原 ○ ○ ― 昭和40年代 城端町【現・南砺市】  
5 おもて 表 ○ ○ ― 〃 石川県金沢市  
6 あらいえ 荒井 ○ ○ ○ ― ―  
7 きただ 北田 ○ ― ― (記載なし) 北海道  
8 じろべ 宇治 ○ ○ ― 昭和50年代 城端町 もと梨谷川寄りの集落はずれ(下八二上(シモハニジョ))付近に居住。明治初〜大正年間に集落寄りに移転
9 なかや 中井 ○ ○ ○ ― ―  
10 ごんべ 谷屋 ○ ○ ― 昭和50年代 東京都  
11 くりばえ 栗林 ○ ○ ― 昭和40年代 京都市  
12 あらや 荒井 ○ ― ― (記載なし) 北海道 転出後は26(きた)が居住
13 えがわ 江川 ○ ○ ― 昭和40年代 城端町  
14 あじち 安地 ○ ○ ― 〃 〃  
15 にすけ 尾井 ○ ○ ― 昭和50年代 東京都  
16 じんべ 出井 ○ ○ ― 昭和40年代 富山市  
17 むこう 向 ○ ○ ― 昭和50年代 東京都  
18 えのした 江下 ○ ○ ― (記載なし) 廃絶  
19 まえ 前川 ○ ― ― 〃 北海道  
20 うら 栗林 ○ ― ― 〃 北海道  
21 ほとげ 朴峠 ○ ○ ― 昭和40年代 大阪市 もと朴峠に至る道沿いに居住。明治初〜大正年間に中心部へ移転
22 きんじゃ 木地 ○ ― ― (記載なし) 北海道  
23 じんさく 山崎 ○ ― ― 〃 〃 左岸の高所(小地名下山(しもやま))に居住
24 はしば 橋場 ○ ― ― 〃 〃 二ッ梨谷付近に居住
25 じろう 宇治 ○ ― ― 〃 〃 〃
26 きた 山崎 ― ○ ― 昭和40年代 金沢市 あらいの分家
27 じゅう 谷屋 ― ○ ― (記載なし) 廃絶 ごんべの分家
28 おおみち 山崎 ― ○ ― 〃 富山市 あらいの分家

 なお大字梨谷は近世の礪波郡五箇山(ごかやま)下梨(しもなし)谷の梨谷村。明治22年平村の大字となる(角川)。

 


写真1 スキー場施設

写真2 墓と石仏

写真3 慰霊碑(左)など

写真4 神社

写真5 寺院

写真6 家屋(No.1)

写真7 家屋(No.11)

写真8 上流の農地跡

 

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